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■未来の子どもへ思い出を残したい

2017/08/30(水)

 
写真の昭和
 
 小さい頃から実兄の影響で写真や絵が大好きだったという関 孝三氏。話を聞いているうちに、氏は本当に今の社業をするために産まれてきたのではと思ったほどだ。氏の小さい頃は、今のようにカメラのシャッターを押せば、簡単綺麗に写真が撮れるという時代ではなく、露出がどれほどで、今どれだけの太陽の光が出ていて、絞りがどれくらいで・・と様々な条件のもとカメラのピントを合わせ、ここぞのタイミングでシャッターを押さなければいけない。
 氏がその手腕を発揮したのは高校生時代。半田高校の写真部に入部し、運動会などの行事に「写真部」の腕章を腕に巻いて、皆の雄姿を写真に収めていた。その腕に更に磨きをかけるため、大阪にある日本写真専門学校(現在の日本写真映像専門学校に入学した。1年生では商業写真を専攻、2年生ではテレビ映画科を専攻し、その後朝日放送(現在の6チャンネル)に入社し、番組制作部でフィルム撮影を担当した。当時の機材は現在の物と比べ物にならないくらい重く、運ぶのにも一苦労だったと話す。
 そんなスキルを今度は地元で活かそうと昭和40年に朝日放送を退社。翌年4月に「写真の昭和」を開業した。当時は「写真師」が板山にはおらず、冠婚葬祭などの時には機材を自転車で運びながら記録を撮り続けた。小学校などの学年写真や修学旅行写真もやっていたが、その当時は今のようにデータを取り込めば現像できるという技術はなく、一枚一枚を手作業で現像していた。数百枚、数千枚と目の回るような仕事であったが、気の抜けない仕事であったために丁寧に仕上げた。「仕事でも、それが楽しみの一つ」と氏は言う。現像された写真にたくさんの笑顔が、たくさんの思い出が詰まっているからだろう。
 そんな写真業も世の波には逆らえない部分が出てきている。データで管理できる時代となった今、「現像して残す」から「データで残す」になってきてしまっている。ここに氏は警鐘を鳴らす。「今までのフィルムやVHSがそうだったように、その当時は良くても何年、何十年経つと、データを呼び起こす事が出来なくなるのではないか。そうならないよう大切な一枚はきちんと現像して残しておいた方が良いのではないか」
皆さんは昔の写真を見返す事はないだろうか。そういう筆者もなかなか見返すタイミングがないが、パソコンに残された画像よりも、アルバムに収められた写真の方が、温かい思い出の一枚が残っていくのではないだろうか。

(取材:伊藤幸真)

代表者/関 孝三   
創業/昭和41年4月
営業時間/8:00〜20:00
定休日/無休
住所/半田市板山町13-3-1
TEL,FAX/0569-27-6020




 

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