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■自ら考え、仲間とともに笑顔で一歩前に

2013/02/25(月)

 
中部電力株式会社 半田営業所所長 大原和也氏
 
 心に響いた言葉に出会い開眼することもある。だがそれを刻み続けることは容易ではない。しかし氏は中学生時代の校訓「時を活かす」という言葉を糧にしてきた。社会人になってからは思わぬ配置替えに『えっ、私が‥‥』と戸惑うことはあったようだが、どんなことにも真摯に取り組んできた。
 「父が電気工事に携わっていて、電気関係もいいのかなと潜在意識の中で感じていたのでしょうね。不眠不休での仕事、精神的にきついこともありましたが、人とのつながりの大切さを実感したり、自分が建てた電柱だ、ここに配電したと仕事が目に見えていましたから、達成感もありました」
 見習い期間は現場で汗を流した。その後、国策に則り配電線の地中化に関わった。また、平成7年には『氷蓄熱空調システム』採用を推進するために、プロジェクトチームの営業マンとして、市バス一日乗車券を片手に建築設計事務所を回った。
「盛夏の中、徒労感でいっぱいでした。先が見えない日々に作戦を変更し、チェーン店オーナーを回る毎日が始まりました。大手薬品卸会社のご担当者に出会った時、今後の全新規出店に『氷蓄熱空調システム』を採用するという幸運に恵まれました。世の中捨てたもんじゃあないと心から思いましたね」
 全国の新規出店を展開する際には、その地域の電力会社への橋渡しも行った。他の電力会社まで出向いて営業の引き継ぎをするのは、当時としては珍しかった。
 「当該の電力会社の営業マンからは、相当変わっている人と映っていたようです(笑)。手探りでしたが、ルートセールスとはこういうことかなと、肌で感じていました。今も鮮明に覚えていますが、研修会で『セールスの目的はお客さまの問題解決』であると学びました。目からウロコでした。商品を売ること、コストが下がるとかの話しかしてこなかった自分を反省し、以後営業の取り組み方法が変わりました」
 要望に応えるために多くの情報をセールス鞄に詰め込んだ。新機種のパンフレットだったり、様々な業者の名刺だったり問題解決の糸口になる材料で鞄を膨らませた。極端な例では、お客さまの問題解決のために商売敵の商品をお勧めしたこともあったが、それが結果大きな信頼を築いた。電気事業以外の新たな事業を起業する部署が発足されて配属となった時には、スーパー銭湯に籍を置いて、着ぐるみを着たり綿菓子づくりなどもした。そして平成22年現職に就いた。
 「現場作業や営業経験、銭湯経営、全ての経験が今役立っています。着任時のキャッチフレーズは『自ら考え、仲間とともに笑顔で一歩前に』です。自身の戒めの言葉でもあり、こんな思いで、地域のみなさんに電気を安定的に安心してお使いいただければと常々思い、取り組んでいます」
 仕事を通じて様々な経験をしたが、『時を活かす』ために時間を惜しんで色々チャレンジしてきた。スーパー銭湯時代は簿記の知識も必要と、通信制の産業能率大学で学んだ。最終的には産業心理コースを専攻し、産業カウンセラーの資格を取得した。また、若い時にはスキーにはまり、クラブ指導員としてスキースクールで指導した。
 「スキーが嫌いになるくらいまで滑り込んで資格を得ました。スキースクールでミーティングと称して酒を飲んで‥‥楽しんでいました。また、今では実家の正月花を生けるくらいですが、茶華道をやっていた時期もありました」
 土にまみれて作業服で仕事をしていた時、1週間に一度くらいは落ち着ける時間をと茶華道を始めた。重いものを運ぶために男手が重宝され稽古に通い続け、気がつけば師範になっていた。
 「今はビールを飲みながら図書館で借りた本を読むことが至福の時間です。春になれば、半田市のふれあいプール通いを再開し、泳いだ後はビールを楽しむ。ゆったり版の「時を活かす」になりました(笑)」


おおはら・かずやプロフィール・・・昭和32年名古屋市生まれ。51年名古屋市立工業高校電気科卒業。同年中部電力(株)入社。6か月間の研修期間を終え、52年熱田営業所(設計図面等)、53年天白営業所(工事の日程調整等)、59年名古屋支店(電柱の地中化)、平成2年本店配電部、7年名古屋支店営業課副長、13年本店経営戦略本部事業開発部を経て、22年現職。尾張旭市に夫人、一男と在住。当所常議員・工業部会副部会長。
 

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