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■海外のマザー工場としての特性を活かす

2013/04/30(火)

 
日鉄住金精圧品株式会社 代表取締役社長 奥田秀雄氏
 
 住友財閥が誕生した大阪に生まれ育った人には『住友』は馴染みの深い企業だという。まして両親や縁戚者が勤務していたため『住友』で働くことはごく自然の流れだったようだ。
 「私は住友金属工業に入社し、鹿島製鉄所に配属され製品の開発、改善という仕事に就きました。当時、車のボディは腐食を防ぐために鋼板からめっき鋼板への移行期でした。その方法も確立していない中、手探り状態での仕事で徹夜の連続でした。車の需要が急速に進み大きな課題を抱えての毎日でしたが、やりがいもあり、若いが故の楽しみもあった時代でしたね」
 鹿島製鉄所には20年勤務したが、その間海外勤務や東京本社に籍を置くこともあって、ある意味新鮮で刺激のある生活だった。アメリカではロサンゼルスからシカゴに転勤し、フットワークも軽くあちこちを飛び回った。
 「子どものころから海外で仕事をしたいというのは夢でした。私の世代では海外、特にアメリカに憧れる人は多かったように思います。日本になくアメリカにあるものが多いから行って見たい、生活したいと夢見ていました。そんなアメリカでの生活ですから、何でも見てやろうと好奇心いっぱいでしたね。今は若者の海外志向の低さが問題になることがありますが、私も社員には海外に出て色々なことを経験して欲しいと思っています。」
 今までと全く異なる異文化の世界で、技術サービスや鋼板の販売という仕事に携わり、現地とのコンタクトが最重要課題だった。4年近くの在米生活で500回ほど飛行機に搭乗し、精力的に動き回った。
 「異国の地で、家族を放ったらかして仕事一色の生活でした。仕事の合間にはレンタカーであちこちを見て回り、フロリダからアラスカまで行きました。楽しかったですが、今あちらで仕事をするかと聞かれたらお断りするでしょうね。あのハードスケジュールにはとても付いていけません(笑)」
 平成23年7月に住友金属工業専務執行役員を経て現職に就いた。その1年後に住友金属工業は新日鉄と合併し、社名も『日鉄住金精圧品』と改めて、新しい第一歩を踏み出した。
 「今まで建築物等のボルト生産をしていましたが、全てその業務を日鉄住金ボルテンに譲渡し、当社は自動車部品の製造一本になりました。現在はアメリカのインディアナ州の工場がフル稼働し、今年の初秋にはタイ工場も始動します。しかしそれもここ半田の工場があってこそ、ここを海外のマザー工場として開発を担当し、ここならではの特性を活かしていこうと思っています。機械の整備やシステムを見直して基盤強化を図っています。私はもういないでしょうが、5年先10年先に今よりもいい状況にするために今何をすべきかが、今の私の使命です」
 まさに地球を何周もし、あちこちの町に住居を移した。現在もそうだが通算7年、3度の単身生活をした。 
「週末は家族のいる東京に帰りますから、気楽な生活です。でも私の単身生活の最大のコツは休みの日に部屋にいないことです。掃除機なんかかけていたら最悪です(笑)。気持ちが上手く切り替わらないですね。40代、50代、60代と単身生活をしてきましたが、今は何もしなくて静かにしているのが心地よいですね。以前は夕方になるとどこに行こうかと目を輝かせてそれは忙しかったですね(笑)」

 タイ工場の始動を睨み、さらに多忙さが増す。ウォーキングを再開して体力を万全にし、本格的に使命を果たすための日々が始まる。


おくだ・ひでおプロフィール…昭和24年大阪府大阪市生まれ。48年京都大学工学部工業化学科卒業。同年住友金属工業株式会社入社。鹿島製鉄所、海外事務所(アメリカ・ロサンゼルス・シカゴ)東京本社、名古屋支社等を経て平成23年現職。趣味:スポーツ観戦(鹿島アントラーズのファン)半田市天王町で単身生活(家族は東京都在住)当所常議員。
 

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