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■南吉を知ってほしい、作品を読み広げてもらいたい

2013/06/28(金)

 
新美南吉記念館 館長 山本英夫氏
 
 小学校時代の恩師の影響で、教師になることが夢だった。昭和49年、東浦町立森岡小学校で4年生を担任し、「ごんぎつね」と出会い、南吉との関わりが始まった。先輩の国語教師に誘われて、「新美南吉研究会」に入り南吉研究を始めた。しかし、教員時代は授業で扱う多くの作家の中の一人でしかなかった。
 「その後、知多管内の小・中学校に勤務しました。平成6年の新美南吉記念館開館の頃には、半田市内のどの学校も熱心に南吉学習に取り組んでいました。しかし、私が亀崎小学校に勤務した平成19年頃には、「ごんぎつね」は学習したが、南吉の作品を読み広げるまでやれていないというのが実情のようでした」
 郷土の先輩である南吉の作品を、半田の子どもたちにはたくさん読んで欲しい、という強い想いがあった。ちょうど校長会で図書館教育の担当になり、南吉作品の「大型紙芝居」の制作を担当し、市の理解もあって実現した。そして、翌年、国語教育の担当になり、低学年の子どものために「幼年童話集(10作品)」を企画した。
 「南吉の作品は旧仮名遣いですので、仮名遣いを改め、1年生でも読めるようにわかち書きに直し、挿絵や表紙も市内の先生方で担当してもらって完成しました。今、各小学校で「集団読書テキスト」として活用されています。その後、次の担当校長が中高学年用(4作品)を制作してくれました。その結果、半田の子どもは、この14作品と教科書の「ごんぎつね」の15作品は読むことになります。そのように読んで育つ子どもは、南吉に対する想いが今までとは違ってくると思います。これからその成果が、少しずつ現れてくるのではと期待しています」
 平成23年、退職と同時に記念館の館長に就任したが、最初の1年は辛い毎日だったと苦笑する。
 「若い頃から南吉研究会に所属していたというものの、南吉を専門的に勉強して来た訳ではないので、まず作品を読むことから始めました。南吉を知ってほしい、作品を読み広げてもらいたいという想いはあっても、自分が南吉について語れないようでは何も始まらないですからね。学芸員に助けられながら、作品や日記を読み漁りました。幸い記念館には南吉の資料のほとんどがありますから、いろいろ知ることが出来ました。今やっと、作品が持つ郷土性や優しさや美しさが、少し理解できるようになったかなと思っています」
 館長として市内の小学校に出前授業に出かけ、南吉作品を紹介することも想いを伝えるひとつの仕事である。  「子どもたちに、今年は南吉さんの生誕100年。でも、南吉さんは『おめでとう』と言っても喜んでくれません。南吉さんは自分の作品を読んでもらう、認めてもらうことが一番の喜びなんですと話しています。昭和55年から小学校4年生の全部の教科書に「ごんぎつね」は掲載されています。今では6千万人を超え、日本人の半分以上が読んだことになります。2世代、3世代で語り合うことが出来る作品は他にないでしょうね」
 特に今年は生誕祭を控え忙しい毎日を送る。各地で開催されている朗読フェスティバルで挨拶する機会も多く、自分の時間を取る暇もない。
 「ドライブしたり、アウトドアで薫製を作って楽しんだり、庭でプランターいじりをしたり、定年後の私の計画でした。想い描いていた生活は出来ていませんが、新美南吉生誕100年という大きな節目に、館長として仕事に携われることは有り難いことです」

 7月30日は新美南吉生誕100年。クラシシック音楽や朗読を愛した南吉にかかわった記念行事が計画されている。(7月27日〜8月4日)そこには南吉ファンの一人でもある、氏の溢れんばかりの笑顔があるだろう。


やまもと・ひでおプロフィール
昭和25年熊本県生まれ。49年愛知教育大学国語科卒。東浦町立森岡小、常滑市立南陵中などを経て東海市立横須賀小校長、半田市立亀崎小校長を務める。平成23年退職し現職。
半田市瑞穂町に夫人、長男と在住。
 

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