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■「巧遅は拙速に如かず」の精神で次代を築く

2013/07/25(木)

 
瀧上工業株式会社 代表取締役社長 瀧上晶義氏
 
 創業は明治28年。その長い歴史の中で10数名の社長がその時代に応じた経営方針で辣腕を振るった。現社長は創業者の孫で3年前に就任。51歳の若さならではの発想で歩み始めている。
 「長男ということもあって、いずれはという気持ちもなくはなかったのですが、企業の在り方を金融面から見るのも大事と思い、大学卒業後は三菱銀行に入行しました。体調を崩したこともあって5年間の行員生活を終え、平成2年当社に入社しました。このタイミングが神の思し召しだったと思っています」
 同社は橋梁と鉄骨の2本柱で屋台骨を支えているが、大半を占める橋梁の営業に携わり各地を回った。発注物件の情報収集、発注者とのコミュニケーション能力の必要性、営業マンとして在るべき姿で臨んだが、基本は足繁く通うことと幾度となく客先を訪れ、業界の現状把握に努めた。
 「以前の公共事業は与えられた図面に沿って、正確に納期通りに納めれば良かったのですが、10年くらい前からは技術力、完成品に対する出来具合が受注に結びつき、技術の差別化が求められてきています。丁寧なモノづくりをすることが大切と思っています。そして売る仕組み、売れる仕組みの確立も重要な要素と感じています」
 入社以来、営業職ならではの視点で様々な物を見つめ、トップ営業を担うものとして課題に取り組んできた。
 「当社は外にアウトプットする力が欠けているのではと思っています。今年はテレビ局が2社取材に来てくれましたが、そういう機会を的確に捉えることも重要なことだと感じています。見学者が来社された時も、積極的に懇談するように心がけています。直系という気負いはありませんが、私しか出来ないことが必ずあると思っています。それを私の時代で成し遂げようという意識は強く持っています。先ずは今の時代に求められている企業形態を作ることが私の使命だと決意しています」
 就任以来『巧遅は拙速に如かず』という言葉を大切にし、第3、第4の柱を模索してきたが、今年6月から稼働している太陽光発電による電販事業はその一つである。また、人材育成にも重きを置き、オールマイティな人材の育成に注力してきた。
 「入社5年は仮の部署、その後に正式配置すればいいと考えています。ロングスパンで人を育てることが可能なのも、この年齢で社長になったからこそ出来ることだと思っています。また、『社長日誌』を全社員に配信していますが、社長が何を考え、どのような行動をしているのかを社員は知っておくべきだと考えています」
 仕事関連のことを発信することが多かったが、社員からはもっとプライベートなことを望む声が多く、時には趣味の料理や日曜大工、野菜づくりなども披露する。
 「基本的には月1回の配信ですが、ちょっと休むと『どうしたんですか』と言われます(笑)。メールでの反応は残念ながらありませんが、レスポンスのある社員が育ってくることを期待しています」
 日本各地や海外への出張が多く、1年前に本社機能を移転した半田にいる時間もまともに取れないが、在社する時は作業服で工場内を飛び回る。
 「厳しい業績から脱出し、社員と笑顔で仕事が出来ることが夢です。会社経営は厳しいですが、やりがいもあり責任も大きく伴います。でもそれは自分を試させられるチャンスでもあります。そういうチャンスに恵まれた今、思う存分私の使命を全うして『新生瀧上工業』を目指して尽力したいと思います。それまでは仕事一色の日が続くでしょう」


たきがみ・まさよしプロフィール
昭和36年名古屋市生まれ。昭和60年早稲田大学法学部卒業。同年三菱銀行入行。羽田支店、国際企画部を経て平成2年同社入社。平成9年6月 取締役営業部長。平成20年6月常務取締役。平成22年6月現職。当所議員。
名古屋市に夫人、長女と在住(大学生の2人の息子さんは東京在住)。

 

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