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■接客業のプロとして、心のこもった親切、丁寧な対応

2014/02/26(水)

 
名古屋鉄道株式会社 知多半田駅長 新海 桂氏
 
 『鉄ちゃん』の世界は広い。乗り鉄、音鉄、駅弁鉄‥‥とその魅力に取り付かれるマニアは多い。氏も高校時代、『撮り鉄』としてカメラを携え電車を追いかけた。『電車の運転士になりたい』と憧れるのは自然な流れだった。
 「昭和49年3月入社、最初の勤務地が知多半田駅でした。当時は幹事駅として機能していたので、駅関係員も多く忙しい毎日でした。改札係で切符を切るのが仕事でしたが、今では自動化になりました。鉄道業界もコンピュータ化され業務内容も大きく変わってきましたが、『安全・安心・安定輸送の完遂』という精神は不動のものです」
 知多半田駅に6ヶ月在籍して、バス営業所を経由し神宮前乗務区で車掌として勤務した。乗務員は不規則な勤務体系で苦労もあったが、『運転士になる』という目標があったので、頑張り通すことができたという。
 「会社が行う運転士登用試験に2回目で合格し、7ヶ月の見習い期間を経て、24歳の時に国家試験に合格し、免許証を取得することができました。朝のラッシュ帯には、千人以上のお客さまを乗せての乗務は緊張感でいっぱいでした。34歳の時に新人運転士を養成する教導運転士、その後、指導助役を拝命し乗務員への指導教育を実施、43歳の時に太田川幹事駅に配属されました」
 駅現場では運転業務より営業業務がメインで最初は戸惑うことも多かったが、スタッフ(総務主任)を経て、中部国際空港駅立ち上げのためのプロジェクトチームの一員として、忙殺される日々が始まった。平成16年10月暫定輸送が始まると同時に、49歳で中部国際空港駅初代副駅長に赴任した。
 「全くの新駅のため部下と協力して道筋を作っていき、試行錯誤の毎日でした。その後17年1月29日に開業、2月17日に中部国際空港が開港。そして3月25日には愛知万博が開催され、日本中、世界中から大勢のお客さまが来られ毎日22時過ぎまで勤務していました。外国人のお客さまには片言の英語と身ぶり手ぶりで対応。また、事故等でダイヤが乱れた時は旅客対応に本当に苦労しました。2・3ヶ月で10
sほど痩せてしまい『病気?』と周りから心配されました」
 2年半ほど在籍した後、常滑駅長、太田川副幹事駅長、鳴海駅長を経て、平成24年7月に知多半田駅長として赴任した。着任早々の10月に5年に一度の『はんだ山車まつり』、翌年は『新美南吉生誕100年』というプロジェクトもあり、またまた忙しい日々が始まった。彼岸花の季節には毎日、半田口駅に出向き、遠方から訪れるお客さまの案内に努め、席が温まる時がないほどだった。
 「特に係員に伝えていることは『心のこもった親切』『丁寧な対応をする』ことです。毎月CS第一線ミーティングを実施しており、接遇・業務知識等に関しての教育を行っています。特に知多半島は『歩いて巡拝(まいる)知多四国』『名鉄ハイキング』等のイベントが多く、お客さまと接する機会も多く、自分も親切・丁寧な対応に努めています。乗務員時代はお客さまと話すことは得意ではなかったと思っていましたが、中部国際空港駅で慣れてしまったのでしょうか、お客さまにご案内したり、世間話をすることも苦になりません(笑)」
 駅には個性があり特色がある。知多半田駅は平成19年末頃にはエレベーターの設置でバリアフリー化され、車椅子生活の人に利便性の高い駅となっている。サービス介助士の有資格者も多く、氏も空港駅立ち上げ時に社内1期として取得した。係員が多忙な時は自ら車椅子介助に出向くことも多い。また、無人駅(4駅)管理を逐次巡回するのも重要業務のひとつである。
 「趣味はゴルフで月2回ほど行けたらと思っています。日々業務に追われていますが、健康に留意しながらこれからも頑張りたいと思います」



しんかい・かつら氏プロフィール
昭和30年知多市生まれ。49年愛知県立半田工業高校電気科卒業。同年名古屋鉄道(株)入社。知多半田幹事駅、知立自動車、神宮前乗務区で車掌・運転手・助役等を経て、平成11年太田川幹事駅へ配転後、助役・総務主任・中部国際空港副駅長・常滑駅長、太田川副幹事駅長、鳴海駅長を経て24年現職。知多市に母親、夫人と在住(子ども3人は独立)当所議員。
 

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