半田商工会議所 - HANDA BIZ WEB
HOME > 会員トピックス - ひと
 

会員トピックス - ひと


 

■『手』が招いた人生に感謝

2015/04/24(金)

 
株式会社誠電社 代表取締役社長 小川 浩氏
 
 父親譲りの肉厚で大きな手。その手は将来を方向付け、友との出会いも運んできた。半世紀も前、火鉢に手をかざし、家族団らんで過ごすのはごく当たり前の風景だった。
 「親父が二男の私の手を見て『お前の手は後継ぎの手だ』と言われたのが、この世界に入る切っ掛けになったかもしれません。モノを作ることや理科が好きだったこともありますが、親父の言葉が心に響いたことは間違いありませんでしたね」
 当時近隣(名古屋市内)で公立の電気科がある工業高校は3校だけだった。夢を叶えるために、名古屋市立工業高校電気科に入学し将来に備えた。父親の会社で、車の運転免許(オート三輪)を持っていたのは氏一人だったので、高校生活を送りながら、現場に出かけ戦力となった。卒業後は自動的に自社に入社した。
 「20歳頃に武豊火力発電所の建設が始まり、そこが仕事場でした。多くの人たちが関わっていましたが、その時の経験が今も生きています。その頃、友だちが資格を取得し、刺激されて私も1年かけてみっちり勉強しました。苦労もしましたが、その時の経験も大いに役立っています。また、桑名出身の両親は半田の地で仕事が出来、育てていただいたことにいつも感謝していました。地元の皆さんに、喜んでもらわなければいけないというのが口癖でした」
 父親の想いに応えて『至誠一貫』は経営理念ともなった。そして母親から贈られた『誠以対人、厳以律己』を戒めの言葉としている。これらの精神は仕事のみならず、日々の生活にも溶け込んでいる。半田青年会議所(JC)や半田ライオンズクラブに所属し、地域のために尽力した。
 「私は親父同様、口べたで人前で喋ることが大嫌いでした。JC時代に不得意なことを得意にせよと言われて、東京に勉強に行きました。この時代、人間関係の大切さを学ばせてもらいました。時には自分の仕事を放って、夢中になったこともありましたが、それも良かったと思っています。JC卒業後、入会したライオンズクラブでも、貴重な経験をさせていただきました」
 創立40周年、50周年記念では重責を努め、大きな足跡を残した。また10数年、亀崎港のヨットのイルミネーションに関わり、市民を魅了した。ヨットとの関わりも『手』から始まった。
 「ライオンズメンバーの小林義彦先生(故人、亀崎ヨットクラブ前会長・歯科医師)が私の手を見て、ヨットに乗りに来いと誘われ、セーリングに一番力のいるポジションを任されました。仕事で鍛えた丸太ん棒のような腕も重宝がられました(笑)。以来、ヨットとの縁が生まれ、今も楽しんでいます」
 最近になって何故だかDNAが脈々と受け継がれているのを実感していると言う。両親や祖父母が親しんだ書道、茶華道、木彫り、盆栽などに興味を持ち楽しんでいる。自社の花を生け、車に旅茶碗セットを積んで、いつでもどこでも茶席を開く。好きな星を見る山頂でも、洋々とした大海でも、お気に入りの茶碗でお手前を披露する。
 「のめり込んで習うと、苦しくなってしまうと思っています。広く浅く、どこまでも俺流で楽しんでいます。公私とも充実していますが、ふと今までの人生を振り返ることがあります。仕事は人様に迷惑をかけないように、堅実経営を第一に、その日その日を必死に過ごしてきました。辛いこと、悲しいこともありました。そんな時、18歳で特攻隊員として散ってしまった叔父のことを考えます。その心境を考えると、私の悩みは何てちっぽけなものだと反省しています。満天の星を見ていてもそう思いますね」
 地域のために尽くすというDNAもしっかり受け継がれ、今日も地元のために奮闘する。


おがわ・ひろしプロフィール
昭和18年半田市生まれ。36年名古屋市立工業高校電気科卒業。同年誠電社入社。53年株式会社誠電社に改組し現職に就任。半田市在住。当所議員。
 

 前のページへ戻る
 TOPページへ戻る

 

最新の情報


カレンダー選択



情報キーワード検索



トピックス選択

 はんだの元気印企業
 とーくさろん
 ひと
 会員情報かわら版