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■社員は家族、楽しい半田の思い出をつくろう!

2015/07/24(金)

 
東海東京証券株式会社半田支店 支店長 春日谷順一氏
 
 1日に百枚の名刺を持ち百軒を訪問。入社後に課せられた新規開拓という使命だった。真夏でも証券マンとして身なりを整え、最寄りの駅から徒歩で軒並み訪問した。玄関先で断られることも多く、仕事の話が出来るのは1軒位。暑さで背広が塩を吹き、倒れたこともあったと言う。
 「両親からも金融関係を薦められ、大学の先生からも、これからは証券の時代と背中を押され入社しましたが、過酷なスタートでした。お客さまになっていただくことの厳しさを知ってもらうために、今も新入社員の登竜門となっています。当時は数字(契約金額)が人格と言われ、数字を上げることで認知されると必死でした。今では、数字は責任感だったなと解るようになりましたが、辛い毎日でした」
 幾度も『自分には向いていないのではないか』と自問自答し、辞めようと思ったこともあったようだが、そんな時に同期入社の仲間の励ましや、歩き回っている姿を見ていた人が『いつも頑張っているね』と契約を結び、手を差し伸べてくれた。
 「私は高校時代まで陸上をやっていて、山梨学院大学の陸上部の上田監督の言葉『何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く』が支えでした。結果が出ない日でも、一所懸命やれば必ず花が咲く、と思い込むしかなかったですね。今やらなかったら、いずれ結果は跳ね返ってくる。その恐怖心でいっぱいでした。私は案外、気が弱い方です(笑)」
 その後、安城支店を皮切りに各地に勤務した。異文化の中で人と交渉することの難しさに直面したり、仕事へのやりがいや楽しさを満喫した。月に20日程の出張というハードワークもあったが、いつも上田監督の言葉を噛み締め、明日へ希望をつないだ。そして昨年4月に半田支店に配属された。
 「丸万証券から出発したここは優良店で、支店長に拝命された時は身の引き締まる思いでした。地域の支えがあって、今年開設50年を迎えますが、改めて地元の方々に感謝します。その想いをいかに形にできるかと、いつも思案しています」
 今も新入社員時代の辛さや周囲の励ましは心の奥深くに秘めている。だからこそ地元や人に対する思いやりは人一倍強い。現職に就いてからは社員との飲み会や、粗品等の調達は半田で行う。また、名古屋で実施していたセミナーも市内で開催している。
 「人として大切なことは家族、お客さま、同僚、上司、会社の順だと考えています。証券マンはそれぞれ個人営業です。だから辛い時、嬉しい時、みんなで助け合うことが必要であって、支店のみんなは家族だと思っています。私たちは数年で転勤するという宿命を背負っていますので、半田は楽しかったと思って欲しいと願っています」
 全員参加を合い言葉に、昨年から半田市民マラソンに参加した。お揃いのTシャツを着て幟を立てて完走した。『東海東京証券さーん、頑張って』という声援は参加者に温かく届いたようだ。そして知多四国巡りを企画中で、半田の思い出づくりに尽力する。また、数字に表れない仕事をいかに評価するかも支店長の大きな仕事だと語る。
 「転勤族として色々な土地を見てきましたが、半田にはとても愛着を感じます。見栄を張らず堅実でプライドを持ちながら、内に秘めたパワーは絶大です。内なるパワーは山車まつりに象徴されているように感じていますが、伝統を大切にされるまちですね。半世紀ここで営業させていただいたという感謝の気持ちを忘れずに、お客さまが当社で取引して良かったと思っていただけるように努力していく、その一点に尽きます。もちろん、今も名刺を持ってお客さまをお訪ねしています」


かすがや・じゅんいちプロフィール
昭和38年名古屋市南区生まれ。60年名古屋学院大学経済学部卒業。同年丸万証券(株)入社(現東海東京証券)、安城支店配属。豊橋支店次長、鳴海支店次長、本店営業部課長。木曽川支店長、一宮支店長、大垣支店長、ワイエム証券営業推進部長(山口県)出向などを経て平成26年現職。趣味:ゴルフ。名古屋市在住。当所議員。
 

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