半田商工会議所 - HANDA BIZ WEB
HOME > 会員トピックス - ひと
 

会員トピックス - ひと


 

■地元経済に貢献 夢の実現の一歩

2016/09/01(木)

 
株式会社三菱東京UFJ銀行半田支社 知多半田地区支配人兼半田支社長 郷 武氏
 
  地元愛が人一倍強かった。東京で大学生活を送ったが、長男であったので、いずれ故郷・岐阜に戻ろうと地元企業で働くことを選択した。卒論が「地方経済の活性化」で、地方に貢献したいという想いもまた強く、それを実践するのは金融関係が最適と銀行を志望した。最初に内定通知を受け取った東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入社し、国分寺支店(東京)で社会人としてのスタートを切った。
 「個人や零細企業の得意先回りから始まりましたが、優秀な銀行員ではなく、会議で叱られてばかりいました(笑)。2年半くらいそんな毎日でしたが、京橋支店に移り、3ヶ月間、東海総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)の研修に参加しました。その時の学びが、現在の私の仕事についての考え方の基礎になっていると感じています。でも、一番の成果は、東海総合研究所の社員だった将来の伴侶と出会ったことでしょうか(笑)」
 その研修はオーナー企業の代表者やご子息が対象だったために、経営者としての視点で物事を捉え、経営課題の提案や問題解決への指導を受け、大局的にものを見て考え決断することを学んだ。また、経営者の二世が多かったために、その時の人脈は仕事上でも、人としての成長にも多大な影響を与え、ひとつの財産となった。その後、日本を代表するような大企業を担当することになり、お客さまの経営課題に寄り添い、その企業の将来の成長を考え提案し解決する。まさに研修時代に培った学びを実践し手腕を振るった。
 「色々な仕事をさせていただきましたが、それぞれやりがいがありました。大企業では世の中を動かすような大きな仕事はできますが、組織対組織なので、私の目指していたやりがいとは少しずれていると感じていました。その点、中堅・中小企業は代表者と、1対1の関係を持つことができます。自分自身あるいは自分のチームの力量で仕事を進めていくことが大半で、企業とのお取り引きを通じて地域経済に貢献できているということをより実感できます。現職に就いて地元中部の経済に貢献するという夢の第一歩を歩き始め、思う存分、夢の実現のために頑張りたいと思います」
 半田市と半田支社との関わりは深い。明治34年中埜銀行が開業し、昭和13年伊藤銀行となり3年後に愛知・名古屋・伊藤銀行の3行が合併して東海銀行として発足した。今年8月、中埜銀行開業から通算して115年目を迎えた節目の年に着任した。
 「歴史のある半田支社に恥じない支社経営をしていこうと思っています。地元の方から慕われる支社にし、私自身も地元の方々と密な関係を築いていきたいですね。以前本部勤務時代に半田支社を担当し、何社かのお客さまと経営課題等について話し合ったことがあり、半田は縁あるまちです。そして半田をよく知りたいと思い住居を移しました。住んでみて、より地元意識が生まれてきました」
 幾度目かの単身生活だが、大学時代も社会人になってからも寮生活だったので、全くの一人暮らしは初めてだと言う。コンビニで総菜を買ったりして、臨機応変に快適な生活をしているが、夫人からそんな生活を心配してか『安全確認コール』が毎日届く。
 「『今日何かあった?』『何もない』そんな会話ですが、出会ってからほとんど毎日欠かさず電話連絡をしています。土・日は家に帰っていますから、単身という意識があまりないかも知れませんね。休日はラグビーをやっている息子の応援に行きます。花園にも行き私も楽しんできました。家人からは止められていますが、そろそろオートバイに乗ってツーリングを再開したいと思っています」
 帰れば帰ったで忙しく、長年、体育委員として地元のために尽力した。「公」では地元経済の貢献は大きな目標であるが、「私」の立場では地元の人々のために貢献する。高校教師だった父親に小学生の頃から聴かされていた論語『己の欲せざる所、人に施すことなかれ』が指針となっている。


ごう・たけし氏略歴
昭和44年岐阜市生まれ。平成4年一橋大学経済学部卒業。同年東海銀行
(現三菱東京UFJ銀行)入社。国分寺支店、京橋支店主任、東京営業部課長代理、東京法人営業部部長代理、営業本部調査役、法人業務部(名古屋)上席調査役、柳橋支社次長、営業本部次長を経て平成28年1月現職。
当所常議員。金融部会運営委員。半田市在住。

 

 前のページへ戻る
 TOPページへ戻る

 

最新の情報


カレンダー選択



情報キーワード検索



トピックス選択

 はんだの元気印企業
 とーくさろん
 ひと
 会員情報かわら版