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■聞くは一時の恥 聞かぬは一生の恥

2018/09/25(火)

 
昭永ケミカル株式会社 半田工場 工場長 中里明文 氏
 
 大学の研究室OBが多く在籍する同社に入社し、最新設備が完備された、つくば工場が社会人としてのスタートだった。入社した年に電子材料(薬液)の生産が始まり、関わることになった。建屋を建築し、新規分野進出の重要な事業だった。
 「以後17年間、つくば勤務でした。その間、新規分野の仕事に携わることが多かったですね。ある時、新幹線の洗面所の塗装開発を任されたことがありました。反射率の高い、顔が映るレベルのものを要求されたのですが、全く未知の世界で、何を聞けばいいのかさえも分かりませんでした。勉強不足は否めず、恥ずかしく衝撃的だったのですが、貴重な経験をさせていただき、以後どんなことでも聞くようにしています。正に『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』です」
 ある時は、ISO9000取得の任務を受けた。半田工場が最初の取得工場となり、9ヶ月半、半田で暮らし、骨格づくりに奮闘した。外部講師の指導を受けながら、ISOの基本規格を同社のシステムに置き換えていく難解な作業は、自分でも意外なほどにすんなり頭に入り、講師からも高評価を受けた。
 「学生時代は特に勉強した訳でもなく、自分の得意分野が分からなかったのですが、この分野は自分の中で秀でた所かなと思うと嬉しかったですね。思い起こせば、小学校の頃に両親から、国語と算数の文章問題のようなドリルをやらされていました。また、高校卒業後は3年間派遣の仕事などをやっていて、その間も乱読していました。それらの体験が活かされていると感じています。今は子どもに算数と国語さえやっておけば、どこでも生きていけるよと豪語しています(笑)」
 以後、複数の工場でのISO9000、14000取得の担当者として尽力した。その作業は会社の仕組みを学び、『初めて自分なりに成果が出せた』という自信にもつながり、以前にも増して仕事に真っ正面から取り組む日々が始まった。当時最新工場であった神戸工場長を経て、現職として半田工場に赴任してきたのは5年前のことだった。
 「半田工場は塗料の生産が主力で、シンナーに長年関わってきた私にとって、新しい分野の仕事でした。それに加えて仕事量と生産性が合致せず、最も課題を抱えている工場と評されているので、不安が大きかったですね。極端なことを言えば、神戸工場での1年がこちらでは1・2週間に値するほど、多くの課題が山積しています」
 赴任して最初に掲げた抱負は方針管理の確立だった。それはISOの的確な可動にもつながり、得意分野の取り組みであった。ひとつずつ克服し、今年も新たな方針に向かい着実に進捗している。片や『半田工場長は一番プレッシャーが多い』とも言われている。先日もストレスチェックを受けた。
 「私はストレスを溜めないために、慎重に考えながら、的確で迅速な判断が必要と考えています。状況判断のためには現状を知ることが必要ですが、知らないことは聞いています。とかく工場長は何でも知っていると思われがちですが、『今更だけど』と、今も分からないことは聞いていますよ(笑)。経験を積んだ今、少しは的確に対処できるようになったのかなと自負しています。でも確かにたくさんのプレッシャーを感じていますね。6年目を迎えた今、色々な課題に本腰を入れて取り組んでいます」
 『寂しくない?ひとりは大変?』という言葉をかけられることもあるようだが、単身生活も8年目を迎え、楽して楽しんでいると笑う。
 「神戸時代はジムに通っていました。今はその時間も取れずランニングを始めましたが、半月板を損傷してウォーキングになりました。精神的に追いつめられるのはいけないと、身に染みて感じていますので、休日は何もせず、頭を休めていることが多いですね。今は仕事一筋ですが、これから何かやりたいことを探そうかなと思っています」
 中学校時代から人の陰口を聞かないようにと『知らぬが仏』が座右の銘だった。責任ある立場に立った頃から『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』を座右の銘にした。聞くこともままならなかった、あの衝撃的な経験を心に留め、自戒の念を込めて。


なかざと・あきふみ氏プロフィール
昭和43年神奈川県藤沢市出身。平成6年千葉工業大学工業化学科卒業。同年昭永化学工業(現昭永ケミカル(株))入社、つくば工場配属。平成23年神戸工場長。25年現職。当所議員。



 

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