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会員トピックス - ひと



最終更新日:2017/12/04(月)

 

■出会いは財産

2016/10/25(火)

中部紙工株式会社 代表取締役社長 神谷光治氏
 
 自然豊かな美浜町で生まれ育ち、自宅から海水浴場まで100m程、海は子ども時代の遊び場であった。夏休みともなれば海に日参し、日焼けで真っ黒になった。そんな子どもらしい幸せな少年時代を過ごした。

■経験に勝るものなし

2016/09/26(月)

日本車輌製造株式会社 輸機・インフラ本部衣浦製作所長兼製造部長 大口健司氏
 
 東京で大学生活を送ったが、長男であったのでいずれは地元に帰ることを視野に入れていた。また、模型製作や今でいうDIYが好きで、モノづくりの世界に関わりたいと考えていた。そこで名古屋に本社を置く同社に入社し、本社の開発部門で社会人としてのスタートを切った。

■地元経済に貢献 夢の実現の一歩

2016/09/01(木)

株式会社三菱東京UFJ銀行半田支社 知多半田地区支配人兼半田支社長 郷 武氏
 
  地元愛が人一倍強かった。東京で大学生活を送ったが、長男であったので、いずれ故郷・岐阜に戻ろうと地元企業で働くことを選択した。卒論が「地方経済の活性化」で、地方に貢献したいという想いもまた強く、それを実践するのは金融関係が最適と銀行を志望した。最初に内定通知を受け取った東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入社し、国分寺支店(東京)で社会人としてのスタートを切った。

■笑って前を向いて、日々成長

2016/07/25(月)

東邦ガス株式会社半田営業所 所長 鈴木康之氏
 
 エネルギー関係に興味があり、機械科で学んだこともあって同社に入社。時代は燃料の主役であった石油から天然ガスに転換する時であり、同社も国を挙げてのプロジェクトに参加していた。

■お客様にご満足いただける製品をお届けする!

2016/06/22(水)

大八化学工業株式会社半田工場 工場長 橋本八束氏
 
 入社以来、原料入荷や製品出荷、営業部門、購買部門に関わった。大学は文系だったために、化学会社での仕事は苦労もあったが、諸先輩や取引先から学び教えられ、難題を乗り越えてきた。それに加えて、考えても仕方のないことは考えない。お酒を飲んで寝てしまえば嫌なことも忘れてしまう、という楽天的な性格も大きく支えてくれたようだ。

■名銀魂で明るく元気で

2016/05/26(木)

株式会社名古屋銀行半田支店 支店長 矢田洋一氏
 
  昭和24年、名古屋銀行の設立と同時に開業した半田支店は、後年、半田市が観光都市への第一歩を踏み出す契機ともなった「第1回はんだ山車まつり」を起案した場所(旧半田商工会議所)でもあると言う。

■_通信を通じて社会貢献

2016/04/25(月)

西日本電信電話(株)名古屋支店ビジネス営業部 名古屋南営業支店 支店長伊藤孝浩氏
 
 世の中のルールを学びたい、より多くの人のお役に立ちたい、社会貢献に関わりたいという想いで大学、会社を選択した。

■I LOVE HANDA  WE LOVE HANDA YEG

2016/03/25(金)

平成28年度当所青年部会長・株式会社知多土木 代表取締役 坂田 篤氏
 
 知らない世界を見てみたいと、20代前半は県外各地で仕事をし、帰郷したのは27歳の時だった。その間、様々なことがあったが、今思えば全てが無駄ではなかったようだ。

■『いざ』という時にお役に立ちたい

2016/02/24(水)

東京海上日動火災保険株式会社 半田支社長 大駅 聡氏
 
 埼玉・東京・新潟・福岡と父親の転勤に伴い、様々な地で暮らした。持ち前の快活さから、どこでも友情を育み有意義な学校生活を送った。 

■楽しみは子どもたちの笑顔

2016/01/26(火)

名古屋鉄道株式会社知多半田駅 駅長 山崎一公氏
 
 豊かな自然の宝庫、えびの高原(宮崎県)を背景にSLが白煙を吐き疾走していた。その勇姿を見て育ち、いつの間にか電車の運転士になることを夢みた。昭和43年、えびの地震に遭い故郷を後にし、名古屋、半田に居を移したが、その想いは変わらなかった。名古屋鉄道の入社は夢の第一歩だった。
 

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