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◆◆◆体の温め術◆◆◆

2013年10月31日(木)
 だんだん寒くなってくるこの季節、体の不調は体を温めて血のめぐりをよくすることで改善されることが多いようです。「体の温め術」を知り、寒い季節を乗り越えましょう。

 体を温める方法として、電気毛布やお風呂、温泉、サウナなどがあり、部分別に温めるには湯たんぽやカイロ、蒸しタオルなどがあります。使い捨てカイロは、温める温度が一定になりにくく肌に密着した状態が長く続くと、肌の温度が上がりすぎて低温やけどをおこすことがあるので使い方には十分注意してください。

 また、体の皮膚には3段階の温度を感じるセンサーがあるといわれており、約42℃以上を「熱い」、約37〜40℃を「温かい」、約25℃以下を「冷たい」と感じます。このうち「温かい」と感じるセンサーが働くと、副交感神経が優位になって血のめぐりがよくなり、気分もリラックスします。例えば、蒸しタオルを首や肩にあててみてください。ほんわかと温かさが伝わりとても気分が良くなります。

 さらに、食べ物でも体を温めることができます。代表的なものとして、ねぎ、しょうが、唐辛子があります。ねぎには、血行を促進させる作用があります。特に、葉の部分には毛細血管の機能を保持する働きのあるビタミンCが多く含まれるため、血液の主要な材料となる鉄の吸収や風邪の予防に効果があります。しょうがには、発汗を促す作用があり、冷え症や風邪の初期症状の緩和に効果があります。唐辛子には、血液循環を良くし、皮下脂肪の代謝を促進させる働きがあるので、肥満予防効果もあります。

ぜひこれらの食材を積極的に取り入れてみてはいかがでしょうか?



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アベノミクスへの期待と不安(平成25年11月号) 

2013年10月28日(月)
アベノミクスへの期待と不安(平成25年11月号)   安倍政権の発足以来、20年にわたり日本を覆っていた閉塞感から国民の気持を解放し、経済と国の将来についての期待を持つようにした。これが緒戦における最大の成功であったと思う。
 バブル崩壊後の20年間、日本人は何をして来たのだろう。最近、米国の雑誌フォーブスが、「日本のなわれた20年は本当だったのか」という記事を掲載している。1991年から2012年の間、日本の労働者一人当りの実質GDPの伸びは、先進国グループの先頭を行く米、独とほぼ同じようなペースを維持しているという指摘は、その通りなのである。人口、特に労働人口が減少する以上、経済成長率がこれを反映せざるを得ないという現実は直視しなければならない。バブル崩壊により、それまで日本人が永久の存在と思っていた大銀行や証券会社がバタバタと破綻、これによる経済の停滞に対処しようと無闇に財政資金を投入したが、思ったような経済成長が実現しない。その結果として、先進国の中で断トツの財政赤字の山を築いて来てしまったのである。
 この20年の政治的・経済的混迷は、日本の国際的基盤も脆弱化させた。単に国際政治の上のことだけではない。日本企業が外国でIR(企業説明)の会合を開いても、誰も来ないというような状況―即ち、日本は世界市場からも忘却のかなたに追いやられていた。
 アベノミクスは、日本内外の人心を一変させた。ただ、円安をここまで進行させたのも、日本株を日経平均で15,000円超に押し上げたのも、主役は外国人投資家、特にヘッジ・ファンドである。国際会議に出れば、必ず、アベノミクス、クロダノミクスに説明を求められる。世界の目は日本に向いているのだ。これに酔って、人口、特に労働人口の減少、その結果としての国内市場の縮小、国としての成長率の低下という厳しい現実に目をそむけてはならない。この高齢化という社会の現実、そして他国に例を見ない最悪の財政事情、ここで可能なのは、せいぜいが「中福祉、高負担」なのだ。
 次の衆院選は2016年12月、参院選は同じ年の7月、久しぶりに長期政権として政治に取り組める体制となった。この際、国民に上記のような厳しい現実を訴え、苦労を共にする共感が国民の間に生まれるような空気をつくってもらいたい。
 安倍政権の当初の成功は、国民を明るくするようなドラマをつくるのに成功したことによる。一端、ドラマづくりに成功すると、ドラマを次々とつくらないと崩壊してしまうというような心理に陥りがちなものである。そうなると、ポピュリズム(人気とり政策)に走る危険がある。増税を含む財政の建て直しを後回しにして現実離れした成長を追い求めた場合には、当初、アベノミクスを買いはやした外国の投機筋は、一斉に牙をむいて「日本売り」に転じて来ることを心して、足許を固めた政策運営を切望するものである。


株式会社日本格付研究所 代表取締役社長 内海 孚

(うつみ・まこと プロフィール)
昭和9年東京生まれ。昭和32年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。フランス留学ののち、在ベルギー日本国大使館書記官、内閣官房長秘書官事務取扱、主税局税制第一課長、東海財務局長、在アメリカ合衆国日本大使館特命全権公使、国際金融局長を経て、平成元年財務官。大蔵省退官後、平成4年より慶応義塾大学商学研究科教授。平成13年1月より(財)国際金融情報センター理事長。平成16年6月より鞄本格付研究所代表取締役社長。


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新美南吉生誕100年、間もなくゴールそして新たなスタート(平成25年11月号)

2013年10月28日(月)
新美南吉生誕100年、間もなくゴールそして新たなスタート(平成25年11月号)  新春1月5日の新美南吉記念館リニューアルオープンから10か月が過ぎます。夏の「生誕祭」、名称変更し期間も延長して開催した「ごんの秋まつり」と予定された事業も順調に進み、ファイナルの12月21日まで残りわずかとなりました。
 振り返れば、半田市観光協会では、3年前から蔵のまちギャラリーでの南吉企画展、新美南吉にちなんだおみやげ品開発などにコツコツ取り組み、昨年4月からは新美南吉記念館の喫茶コーナーをお借りしcafé&shop「ごんの贈り物」を始めさせていただきました。

 「生誕祭」と「ごんの秋まつりで」は、キッズワークフェスティバルという体験参加型の企画の広報等のコーディネートをさせていただきました。「ごんの秋まつり」では、昨年以上に阿久比町のみなさんとの連携が進みイベントが開催されました。9月28日(土)・29日(日)には丸一酒造さんが「ごんぎつねの里」酒蔵イベントと題し、樽酒のふるまいや試飲即売等などを行われました。丸一酒造さんは、1月5日の名鉄ハイキングの折にも立ち寄り場所としてイベントを開催され、阿久比駅前スタート知多半田駅前ゴールという市町をまたぐハイキングでもおみやげとして新酒が好評でした。

 平成22年に広域で知多半島の観光に取り組む知多半島観光圏協議会発足し、5市5町の観光関係者が一つのテーブルにつく姿は恒常的になってきましたが、具体的に連携して観光催事や観光プログラムを作り上げていくのはこれからです。現在、半田市と半田市観光協会では、半田市に比重を置きつつ他市町の施設等もつないだ、1日周遊のテーマ別のチラシづくりに取り組んでいます。来春には、このチラシに掲載している内容に、知多半島の観光窓口情報も掲載したパンフレットを製作する予定です。
 初秋に半田醸造協同組合と半田商工会議所が制作された知多の6つの酒蔵を紹介する「知多酒」のリーフレットは、市外・県外での観光PRで好評という実績が示すように、観光視点での情報発信は、一つの市町で発信するより知多半島で発信するほうが効果的です。

 平成27年春の赤レンガ建物の常時公開、同じ年の秋のミツカングループの新情報発信施設のオープンまで限られた時間ですが、半田、そして知多半島を発信できるよう準備を進めていきたいと思います。


半田市観光協会 事務局長 松見直美



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◆◆◆10月はがん検診推進月間です◆◆◆

2013年10月7日(月)
 半田市民を対象にがん検診を行っています。年度末には予約状況により受診できない場合があります。早めに受診ください。
検診場所:市内実施医療機関及び半田市医師会健康管理センター
予約受付開始日:10月9日(水)〜
予約:希望される検診場所へ直接お電話ください。
日本の死因1位は悪性新生物(がん)です。がんは生活習慣や遺伝等により発症します。2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで亡くなるといわれています。がんは早期発見・治療により治る時代を迎えています。
*詳しくは、はんだ市報(10月1日号)・半田市ホームページをご覧ください。

◆◆◆住民健診について◆◆◆
半田市民を対象に住民健康診断を行っています。
10月8日(火)9時〜11時30分・13時30分〜16時:亀崎公民館
10月9日(水)9時〜11時30分:有脇公民館、13時30分〜16時:上池公民館
10月11日(金)9時〜11時30分・13時30分〜16時:乙川公民館
10月12日(土)9時〜11時30分:協和区民館、13時30分〜16時:宮池会館
*詳しくは、はんだ市報(9月1日号)・半田市ホームページをご覧ください。
年に1度は健康診断・がん検診を受けましょう。

半田市保健センター


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地域密着と中小小売業(平成25年10月号)

2013年9月27日(金)
地域密着と中小小売業(平成25年10月号)  中小小売業者の多くは、いまだ先行き不透明な厳しい状況に置かれており、売上高の低下や後継者問題など多くの問題を抱えている。しかし、厳しい状況下の中でも、独自に経営努力を続け苦境の中でも勝ち残る中小小売業者が存在しているのもまた事実です。
 顧客主義の徹底などで“地域密着”を実践しつつ、その宿命である“小規模”を強みに転じ、中心市街地に立地し続けている“店舗”を戦略的に活用している中小小売業者であります。
 大部分の中小小売業者は、経営不振の原因を専ら“外部”に求め、自店の経営上の問題を直視しようとしない小売業者が多く存在しているのも事実です。「問題は内でなく外にある」とする傾向は「景気や政策が悪い」「業種・業態は悪い」「規模が小さい」「ロケーション(立地)が悪い」「大企業・大型店が悪い」 などである。その中にあって、“活力ある中小小売業”として存続し続けている小売業者は、個店の宿命ともいえる“小規模”というハンデをものともせず、あくまで“地域密着”に徹し、経営資源としての“店舗”を中核に据えながら、事業の継続、発展を模索している先である。

★地域密着
 年齢層が高くなるにつれて、買い物における“地元志向”が急速に強くなっていることがわかる。ある意味では、“地域密着”を旨とする中小小売業者には、高齢者に買い物の場を提供し続けるという社会的使命もあります。また、長年にわたり“地域密着”を実践してきたからこそ可能な「人と人との密接な関係(強固なリレーション)」も大きな強みとなる。“地域密着”が宿命の小売業だからこそ、“地域密着”に活路を見出していく余地は必ず見出せる。

★小規模
 消費者ニーズもかつて十人十色といわれた嗜好性が、今日では一人十色と変化しています。大量生産のありきたりなモノだけに満足できない消費者がニッチ(隙間)という市場を創り出している。
 こうしたことを考えると、“小規模”を宿命とする中小小売業者は、“個性”に特化した経営に転換し、大型店との競合に終止符を打っていくことも一案である。商品数、従業員数などが大型店と比較して、“小規模”なことは事業方針の変更が行いやすく、消費者ニーズが多様化する動きは、中小小売業者にとっての“追い風”であり“強み”と考えたい。

★店舗
 中小小売業者にとって顧客との対面販売が、年商の大半を占めるのが一般的でした。ここにきて対面販売の拠点としての機能は間違いなく低下しています。来店客以外の顧客獲得を視野に入れた“情報収集拠点”としての機能を強化し、そこに“店舗”があるからこそできる商売を形にしたいものです。
 苦境の中でも勝ち残る活力ある中小小売業者の経営に対する共通の認識は“危機感“を持っていることです。常に危機感を持っているからこそ、自己の経営資源を環境に合わせて変化させることができるのです。今日の業界環境の要因を外部のせいにすることなく、ブレのない確固たる経営方針とイノベーションを創り続ける活力ある中小小売業者をめざし、地域のコア(核)となっていただき、今後に向けて積極果敢に経営に挑んでいきたいものです。


半田商工会議所 副会頭 榊原康弘(知多信用金庫 理事長)


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◆◆◆お茶について◆◆◆

2013年9月20日(金)
私たちにとってなじみのお茶についてのお話です。お茶は中国で紀元前から飲まれるようになり、遣唐使によって日本に伝えられました。その後、日本独自の茶文化が生まれ、江戸時代には庶民にもお茶を飲む習慣が広がりました。

<お茶の効能>
お茶に含まれているカテキンは抗酸化作用があり免疫を高めます。またビタミンCも含まれるのでかぜ予防や美肌効果もあります。

<お茶の種類>
煎茶・・・最も多く飲まれる緑茶。摘んだ茶葉をすぐ蒸し、もんで作ります。
玉露・・・茶葉に覆いをかけて育てる最高級品。甘くてまろやかな味わい。
ほうじ茶・・・番茶や煎茶をいって作る香ばしいお茶。カフェイン含有量が少ないです。
玄米茶・・・煎茶や番茶にいった玄米を混ぜたお茶。香ばしい香りと味わいです。
紅茶・・・完全発酵したもの。タンニン、カフェイン含有量はいちばん多いです。

<おいしいお茶の入れ方>
@ 硬度:緑茶は硬度が高くなるにつれて旨味が抽出されにくくなります。旨味を味わう日本茶は軟水が、香りを楽しむ中国茶や紅茶は硬水が最適です。

A 温度:沸騰したお湯を使うと、お茶に含まれるタンニンがと
けて渋くなります。お茶の甘味を出すのはアミノ酸で、アミノ酸は60度以下で多く抽出されます。

玉露…約50〜60度の温度
煎茶…旨み、渋み、香りをうまく引き出すため、約80度前後の温度
番茶・ほうじ茶・玄米茶…焙じたお茶、固めのお茶は、熱湯で一気に香りと色を共に引き出す
お茶の香りにはリラックス成分が含まれています。
おいしいお茶を飲みながら、秋の夜長を楽しんでみてはいかがでしょうか。


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創立120周年を迎えて(平成25年9月号)

2013年8月28日(水)
創立120周年を迎えて(平成25年9月号)  半田商工会議所は本年9月18日に創立120周年を迎えます。改めて創設期を牽引された先輩諸兄の進取の精神に心より敬意を表したいと思います。
 当所の前身である知多商業会議所は、名古屋圏最古の歴史を持つ武豊線(現JR武豊線)の開通から7年後、明治26年9月18日に農商務省指令第5721号を以って認可され、産声を上げました。設立申請当時は東海地方では、まだ名古屋をはじめ4か所しか会議所の設置がなく、いかに当時のこの地の商工業者の会議所設置への機運が高かったかが伺えます。加えて設置されていたのは国内の主要都市ばかり、知多郡の20町村による寄り合い所帯での設立申請は異例でした。
 連合した理由を次のように申請しています。「知多郡は東西南の三方海に面し、北の一方は愛知郡に接し、あたかも一島の形をなし、(中略)連合町村内の産物たる米穀・酒類・醤油・木綿・種油等連合町村相関連して以って一つの特産物をなすが如き、商工業上相互に利害得失に於て離るべかざる関係を有せり。」
 まさに「知多は一つ」。現在盛んに言われている広域連携を120年も前に先取りしていたことが伺い知れます。
 初代会頭には半田の榊原由一氏(酒・醤油製造業)、副会頭には亀崎の天埜伊左衛門氏(酒造業)が選任され、事務所は半田停車場(現JR半田駅)前の民家を借り受けての開設でした。
 そして「明治28年には取引所所得税軽減を主務大臣に建議。翌29年には半田運河開設を知事に建議。」と会議所活動の根幹である意見要望活動を開始したとの記録が残っています。
 その後、昭和3年の商工会議所法の施行に伴い知多商工会議所となり、同12年の半田市制の施行後、半田商工会議所と改称されました。
 明治、大正、昭和、平成にわたり幾多の困難を乗り越え、時勢の進展とともに当所は地域商工業の発展振興に注力してまいりました。先輩諸兄をはじめ、当所の役員議員並びに会員、職員、その他関係各位が当所の機能発揮に尽力された功績は誠に甚大なものです。
 時代の変遷とともに当地の主要産業もかつての繊維・醸造業から今では自動車・航空機産業へと移り変わり、各位の努力により過去最高の2400会員となった会員の業種構成もサービス業が最大となるなど、今、時代は大きく変革しようとしています。
 創立120周年記念事業を企画していくにあたり、これから先も会員企業を取り巻く経営環境が決して楽観視はできない中、一過性の事業にはしたくない、半田のまち、そして当地域がこれからも再活性化していくための新たな芽づくりをしていこうと大々的な式典や記念講演は見送り、事業費を“南吉”と当地域を支えた醸造文化に改めて光を当てた“醸-KAMOSU-”の両プロジェクトに充当させていただきました。
 創立120周年は大きな節目ではありますが、一つの通過点でもあります。これまでに直接間接の発展に貢献して来た当所の歴史を汚さぬよう、進取の精神、広域連携の精神をしっかりと受け継ぎ、次代へとバトンを繋いでいきます。
 そして、“会員あっての商工会議所、会員にとって役に立つ商工会議所”を基本理念に置き、新時代に対応する支援体制づくりに邁進するとともに、今後も当地域経済が発展し続けていくために牽引するという使命を果たすべく全力を傾注してまいりたいと思っております。
 どうか皆様方におかれましても一層のご支援ご協力を賜わりますよう心よりお願い申し上げます。


半田商工会議所 会頭 榊原卓三(尾張製粉梶@代表取締役)


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実りの秋を迎える“住みます芸人さんたち”(平成25年9月号)

2013年8月28日(水)
実りの秋を迎える“住みます芸人さんたち”(平成25年9月号)  「半田に住みます宣言」から、早いもので5カ月が過ぎます。JR半田駅前商店街の空き店舗を拠点に、インターネット配信やライブを行うとともに、地域の様々なイベントに参加し半田盛り上げの一翼を担っているのは、吉本興業(名古屋)所属の芸人「シンポジウム」の3人です。
 彼らに初めて会ったのはまだ寒さが残る頃でした。4月から「半田住みます芸人になることが内定しました」ということで挨拶に来てくれました。3人の横顔には期待と不安が入り混じっているようでした。どこに住むの? 活動は何をするの?一言では表せないものがあったと思います。
 彼らと同世代で実家を離れて暮らす我が子も、学業や仕事で壁にあたりながらも、周りのみなさんに支えられて日々を営んでいます。我が子も見知らぬ土地で、初めはこんな顔をして過ごしていたのだろうなと重なるものがありました。
 4月から11月末までの8か月という限られた期間ですが、半田で過ごしたことが思い出としてだけ残るのではなく、暮らした実感と“芸人として将来の糧になるものを掴んでほしい”と切に思いました。

 住まいは半田の中心である平和通り交差点近くの空き店舗に決まり、活動の方向性が見えるとともに「おいでや半田通信局」の看板が掲げられるようになりました。
 4月〜5月、春まつり・地域イベントなど…あちらこちらに顔を出し、「ブルー・ピンク・イエローのシンポジウム」をアピールしていましたが、出会える人々の数には限りがあり
出会った人とのつながり方も手探りで、疲労と焦りは計り知れないものがあり心配した時期もありましたが、6月後半から7月、出会って話すたびに、彼らから「住みます芸人」としての意思が感じられるようになりました。「住みます」の宣言から3カ月、彼らの暮らしと活動が根付き始めるのにかかった時間ということでしょうか。
 拠点を空き店舗に置いたところからもわかるように、彼らへの期待の第一は商店街活性の一翼を担うことです。食事・お土産店などの充実は、観光(地域外から来られる方々)にとっても必須なので商店街の盛り上げへの期待は大です。
 毎日行っている「YNN47」の配信、隔週金曜日の生ライブ、地域情報も各日に増え、話術や間の取り方に磨きがかかるのを身近で感じ、芸人さんとしての強みを活かした彼らしい活動(愛知県住みます芸人第1号「サムタイムズ」は、犬山市で「お笑い人力車」という活動を定着させています)が見つけられるといいなという思いを持つようになりました。
 7月、蔵のまちMAPに掲載されている「蔵のまち散策コース」を一緒に歩いたり、知多半田駅前観光案内所勤務を体験してもらいました。
 芸人さんらしい感性で来訪者を案内したりおもてなしをしていただける、そんな期待が膨らむ実りの秋です!!


半田市観光協会 事務局長 松見直美



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◆◆◆風しんワクチン接種費用の助成について◆◆◆

2013年7月30日(火)
 市内の指定医療機関でMR(麻しん・風しん)混合ワクチンまたは風しん単独ワクチン接種を受けた費用について、下記に該当する方は、5,000円を差し引いた金額で接種を受けられます(*生活保護受給世帯または市民税非課税世帯の方は、保健センターにて事前申請により上限8,000円を助成)。また、6月中に接種を受けた方については、償還払いの申請にて費用を助成しますので、認印・領収証・通帳をお持ちの上、保健センターへお越しください。
■対象者(*妊娠中でない方、風しんにかかったことがない方)
@ 妊娠を予定または希望する女性
A @の夫 または 妊婦の夫(内縁の夫を含む)
■助成期間 平成25年7月1日〜平成26年3月31日
■接種方法 事前に指定医療機関へ電話予約のうえ、接種を受けてください。
詳しくは 市報(7月15日号)または ホームページ をご覧ください。
◆◆◆健康診断について◆◆◆
半田市国民健康保険加入者の方に、特定健診受診票を送っています。同封されている案内に沿って、各医療機関で受診ください。その他の保険加入者で、且つ職場等で受けていない方については、9月24日からの住民健康診断(40歳以上の方は胸部レントゲンのみ)を受診できます。日時・内容については市報(9月1日号)・ホームページをご覧の上、お近くの会場で受診ください。
年に1度は健康診断・がん検診を受けましょう。
半田市 保健センター・保険年金課


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亡き人との対話(平成25年8月号)

2013年7月25日(木)
亡き人との対話(平成25年8月号)  私が20代半ばの頃のこと、ある資産家の経営者から、「私は親父から、俺が死んだら3年間は何も変えるな、と言われて、それを守ってきた」という体験談を伺ったことがありました。私は「ふぅん、そういうものか」と思っただけで、今一つピンと来ませんでした。
 ところが、それから数年後のこと、一代で会社を急成長させたある経営者が亡くなり、葬式が済んで数日後、社長室に通されて驚きました。息子である新社長が、机や書棚の中の物を片っ端から段ボールの箱に入れていたのです。もう要らないから処分するのだそうです。先の経営者の話とは全く逆の光景です。
 それは余香を拝すなどという心情とは無縁のものであり、戦後、多くの若者を惹き付けた「古い上衣よさようなら」を地で行くものでした。
 因みに、この会社は、その後10年も経たないうちに、赤字続きであっさり廃業してしまいました。一方、前の会社は、孫が跡を継いで今も頑張っていますが、往年の勢いはありません。栄枯盛衰は世の常とはいえ、これをどう考えればよいのでしょう。
 そもそも、「死後3年間は何も変えるな」とは、どういうことなのでしょう。私流の解釈では、変えるなとされているのは、脈々と伝えられてきた経営理念とか社是、家訓であり、精神です。3年間というのは、それを若い後継者が心身に叩き込み、我がものとするための醸成期間です。砕いて言えば、「亡き親父ならこんなときどうするのかなぁ」と静かに考える時間を持つことです。これが亡き人との対話のスタートです。そしてこれを習慣としなさいということです。
 思うに、何百年も続いている企業の数が、我が国は世界の中で圧倒的に多いということは、先人たちがこういうことに心血を注ぎ、工夫を重ねてきた結果なのでしょう。
 「家に代々伝わったものを、お前のものにするためには、お前の力で自分のものにせよ」(ゲーテ「ファウスト」)ということなのです。
 ところで、近頃一部の風潮かも知れませんが、葬儀に異変が生じつつあるようです。古来、日本人は葬儀を重んじる傾向があり、大陸渡来の年忌の習俗も、日本において追善供養として複雑に形成されてきた(中村元「日本人の思惟方法」)のです。人にはそれぞれ事情があるのだから、余計なお世話だと言われればそれまでですが、葬儀や法要を省略するということは、亡き人と対話する貴重な機会を奪うことになります。
 先の大震災後、絆という言葉が盛んに使われていますが、本来切っても切れない一番身近であった人との絆を、幽明境を異にすることになったからといって、ばっさり断ち切るようなことをしたのでは、本末転倒でありましょう。
 合理的ではあるとしても、それは必ずしも智恵のあることではないのです。私たちが守っていかなくてはならないのは、このような生活に根差して伝えられてきた智恵なのです。このような智恵を深く考えてみることもなく捨ててしまったのでは、根なし草のような社会になってしまうのは必定です。
 「歴史とは現在と過去との対話である」(E・Hカー「歴史とは何か」)と言われています。この8月という月は、6日、9日、15日と、日本の歴史上の大痛恨事があった日が続きます。これを永遠に語り伝えていくためにも亡き先人たちとの対話が不可欠なのです。

半田商工会議所 副会頭 筒井保司(税理士法人経世会 代表社員)


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