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半田商業高等学校3年生が挑戦!「もう一つの甲子園をめざして」(平成24年8月号)

2012年7月30日(月)
半田商業高等学校3年生が挑戦!「もう一つの甲子園をめざして」(平成24年8月号)  盛夏…「甲子園」といえば、高校野球を連想されることと思います。半田市出身で甲子園の高校野球に出場し、その後プロ野球で活躍された方もいました。真っ黒に日焼けをし、大きなバックを担いだ少年たちの姿は今も昔も変わりません。
 今夏、愛知県立半田商業高校3年生14名が「甲子園」を目指しています。彼女たちが目指しているのは、神戸夙川(しゅくがわ)学院大学で8月26日に開催される「観光甲子園」です。2009年にスタートし、今年で4回目を迎える「観光甲子園」【大会組織実行委員会と神戸夙川学院大学(観光文化学部)との共催】は、“観光プランで日本一を競い合うコンテスト”です。全国の高校生が対象で、テーマに沿って学校単位で3名以上を一組としたグループでプランニングをし、応募するもので、予選(書類審査)を勝ち抜いた10校(10企画)が本選へ進めます。
 半田商業高校では、数年前から「知多半島観光計画」「お土産品店舗紹介」「半田のまち歩きコースづくり」など観光視点の授業に取り組んできました(3年生が小グループで取り組む課題研究という授業です)。そして、今年度も複数のグループがステップアップした企画に取り組んでいますが、その中の1グループが「第4回観光甲子園」出場を目標に掲げました。14人は、半田での起業・企業進出を考える方々を対象にした「地域の魅力を再発見できる知多半島周遊ツアーづくり」に取り組み、7月初旬プランシートを創り上げ「第4回観光甲子園」にエントリーをしました(※)。8月26日、神戸夙川学院大学で「愛知県立半田商業高校」の名が呼び上げられることを祈りたいと思いますが、14人のゴールはこの日ではありません。
 高校生が考えたツアープログラム(日帰りと一泊2日の2コース)は、「観光甲子園」の結果に関わらず、開TB中部団体旅行半田支店において11月〜12月に実施されます。ツアー催行を充たすよう参加者募集のPRを行うのをはじめ、ツアー当日は高校生自身が半田のまちを案内するメニューもあります。その準備として8月5日に実施される「ふるさと検定」を受験します。また、「空き地・空き店舗の補助制度」など、起業・開業の支援策についても調べています。
 今年の春先から、開TB中部団体旅行半田支店を中心に、半田市商工観光課、半田商工会議所のみなさんと一緒にサポートをしてきました。引き続き、ツアーの受け入れ、PRの場の開拓等で多くのみなさんにお世話になっていくことと思います。地元で観光につながる分野で働く可能性を秘めた若者が一人でも(多く)育っていくことを願うとともに、このツアー参加者から半田にチャレンジの場を求めてみようと思う人材が登場することを期待したいと思います。それには、サポートする大人たちの想いも試される(問われる)ことをひしひしと感じ、汗をかく2012年の夏です。

※7月18日、全国76校から応募があった158案の中から、本選へ進むことが決まりました。

                特定非営利活動法人半田市観光協会 事務局長 松見直美


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○ 観光甲子園WEBサイト http://www.kobeshukugawa.ac.jp/kanko-koshien/
○ 愛知県立半田商業高校のみなさんは、「第8回かわしんビジネス交流会」(10月12日・13日、豊川市総合体育館で開催)に半田信用金庫さんのサポートで参加し、今回の取り組みを紹介、ツアー参加者の開拓を図る予定です。



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大震災後の地方のヴィジョンを描け(平成24年8月号)

2012年7月29日(日)
大震災後の地方のヴィジョンを描け(平成24年8月号)  東日本大震災から一年以上が経過した。昨年の今頃は早急な復興がいわれ、政府の復興会議による答申もだされた。そして、その後、どうなったのだろうか。
 復興の道筋がどのようになり、どれだけ復興したのか、ほとんど見えてこない。この復興はただ東北だけのものではなく、日本全体の今後の姿を先取りするものである、などといわれた割には、その姿はまったく見えてこない。
 一年あまりたって改めて振り返って、この大震災はわれわれにいかなる教訓をもたらしたのだろうか。こう考えてみると、いささか虚しくもなるのではないだろうか。
 この一年あまりの目立った動きは何だったであろうか。管首相から野田首相への首相交代と消費税の増税、そして大坂における橋下旋風ぐらいである。原発は再稼働問題で迷走し、先に述べたように復興の道筋も見えない。
 この大地震のもたらしものはたいへん大きい。それはまずなにより、日本が巨大地震の巣の上に立地した特異な国だということを改めて知らしめたのであった。しかも、今後、首都直下型も含めて巨大地震が連続する可能性がきわめて高くなった。となれば、もっとも緊急の課題は、危険が予測される地域の防災であり、首都機能の移転である。これらは、大規模な公共投資を必要とするとしても、すぐにでも着手しなければならない。
 同時にまた、地域やコミュニティの安全性や人々のつながりを確保できる地域づくりであり、さらには、緊急時を含めた医療体制の整備である。地域での人々のつながりを確保するのは、第一義的には、地方行政と地方の経済界や市民の連携によるものであるが、その大きな枠組みを提示するのは中央の政府である。
 こうして大地震後に火急になすべき課題は明瞭だと思う。だがまた、これらの課題は、決して大地震の教訓ときたるべき地震へ向けた防災というだけではない。実は、それ自身、今日の日本の経済問題や政治上の課題とも無関係ではない。
 今日の日本経済も最大の問題は、長期にわたる不況であり、十数年にわたるデフレ経済である。しかも、ギリシャ財政危機に始まったEU危機は、スペイン財政危機をへて深刻な局面に推移しつつある。このような不安定なグローバル経済のなかで、日本経済を安定させ、デフレを克服するには「意味ある」公共投資しかない。
そして、何が「意味ある」公共投資かを決めるものは、将来へ向けた国家像と地方のヴィジョンを描くこと以外にないだろう。公共投資の規模は必ずしも大きくなくてもよい。そこに民間資本を呼び込めばよい。そのためには、ともかくも、防災、安全性の確保、少子高齢化による社会変化などを総合した上での国土と地方生活のヴィジョンを描き出すことが必要となるだろう。それはまた、この十数年いわれてきた地方分権を押しすすめる具体的な方策ともなるはずである。これは、防災、デフレ克服、地方分権化という三つの課題への対応ともなる。だがそのためには、それ相応のヴィジョンを描き出すことが不可欠なのである。

京都大学大学院人間・環境学研究科 教授 佐伯啓思

(さえき・けいし プロフィール)
昭和24年奈良県生まれ。東京大学大学院博士課程(経済学)修了後、滋賀大学経済学部などを経て、平成4年より京都大学総合人間学部教授。現在は京都大学大学院人間・環境学研究科教授。主要な研究分野は、現代の政治・経済を思想史の見地から分析すること。最近の著作として、『自由と民主主義をもうやめる』(幻冬舎新書)、『日本という価値』(NTT出版)などがある。


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半田市内の文化財探訪 その8(半田東地域)の第11回

2012年7月20日(金)
半田市内の文化財探訪 その8(半田東地域)の第11回 半田商工会議所・半田町道路元標
     
 現在の商工会議所の位置にかつて半田市役所があり、それ以前にはこの地に半田町役場があった。半田町道路元標があるのも頷けるところである。半田市の地図上の中心ということである。

 

同盟書林・加登屋(かとや)旅館跡・知多郡役所(現半田北区民館)     

 明治から昭和へかけて半田がきわめて隆盛であった頃、この一帯は半田の、いや知多郡の政治・経済・文化の中心地域であった。
 知多郡は南は離島から北は大高(名古屋市緑区)あたりまでがその範囲であり、知多郡役所とはそれら知多郡の政治の中心なのである。
知多郡の南端や北端からお上に用事があってこの地へやってくることは大変難儀なことであった。交通機関が未発達な明治期の記録を見ると、南の村々から船便で武豊へ到着し、武豊線に乗り換えて半田駅で下車というのだから大変な苦労である。西の村々からは足ごしらえをしっかりして徒歩で幾里もの道程をやってくるわけである。そんなことで、郡役所へ出掛けるということは一日仕事どころか何日もかかる大仕事であった。
 用事が済んでもすぐには帰れない場合もあり、出来れば郡役所に近いところで一泊したいと願う人達も多いに相違ない。郡役所の直近に木造3階建ての旅館が繁盛したのも理解できる。それがこの「加登屋」である。現在でいうならビジネスホテルであろか。
 そして、文化の中心が「同盟書林」である。この書肆は知多半島最大規模の書店であり、本の出版やそのほかの印刷もこなしていた。現在でも知多郡内小中学校の教科書を文科省から一手に引き受けて配布しているのがこの同盟書林なのである。



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◆◆◆熱中症に厳重注意を!◆◆◆

2012年7月11日(水)
 熱中症は、『高温多湿』『強い日差し』『無風』『急に暑くなった時』が危険です。

☆身支度☆  
@白っぽく、風通しがよい素材の服を着る。
A外出時は、帽子や日傘で直射日光を避け、いつでも水分摂取できるように飲み物を用意する。

☆体 調☆  
@睡眠不足や体調不良、食欲低下の時には無理をしない。
A喉が渇いていなくても、定期的に水分補給する。
 毎食ごと・10時・15時・就寝前に、コップ1杯程度(150〜200cc)の水分補給を忘れずに!
 (冷たいものが効果的)運動前にはコップ2杯程度の水分補給をする。よく汗をかいた時には塩分を含むものを補給する。

☆環 境☆  
@風通しをよくし(エアコン・扇風機は必要に応じて)、よしず・ すだれ・緑のカーテン等で直射日光をさえぎる。
A涼しいうちに打ち水をする。
正しい予防法を理解して熱中症を予防しましょう!   
半田市保健センター

■半田市国民健康保険に加入の40歳〜74歳、及び75歳以上のみなさま■
平成24年度特定健診・後期高齢者健診受診券は、届いていますか?
受診期限は、40歳〜64歳の方が8月31日まで、65歳以上の方は10月15日までです。ご自身の健康づくりのためにぜひご活用ください。
半田市保険年金課 


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半田の教育改革が始まった(平成24年7月号)

2012年7月2日(月)
半田の教育改革が始まった(平成24年7月号) ●1970年代のイギリス
 もう10年以上前、文明史や国際政治学がご専門の現京都大学名誉教授・中西輝政先生の著書を読んでいて「イギリス病」の現状について強烈な記述があったのを今も覚えている。ロンドンの街はゴミで溢れかえり、その悪臭で頭痛や吐き気を催して長時間街を歩いておれない。この情景は最近上映された映画「マーガレット・サッチャー」にも写しだされた。当時のイギリスは経済の長期低迷、子どもの重大な学力低下、規範意識や性道徳の低下、家庭崩壊や青少年犯罪の深刻化、他人依存型・無責任社会、自国に誇りを持てない若者の急増・・・等深刻な国家危機に直面していた。そして鉄の女サッチャーを初めとする3代の政権が国家再生に挑戦して、2001年にはイギリス病克服宣言が当時のブレア政権によって出されるまでに復活した。

●そして日本
 私共は半田の教育を変えようと半田教育改革協議会と同専門委員会を昨年6月に立ち上げ、以来鋭意検討と協議を重ねているが、その冒頭に取り組んだ「日本社会の現状分析」の結論が先に述べた1970年代英国の状況と酷似していることに私は愕然とした。このままゆくとやがて東京もあのロンドンになるのではないか。事実多くの国民は今、将来に漠然とした不安を抱いているし、夢や希望を持てない子どもや若者が多いのもこの国の暗い明日を予見しているのかもしれない。しかし不安は持っていても、危機意識にまで至っていない国民はともかく、この国の舵取りをしている国会議員を始めとする指導的立場の人々に現状に対する真の危機意識がないのはどうしたことか。特に国民の税金で食べている人々にこの傾向が顕著なような気がする。

●教育改革待ったなし
 今国会では社会保障と税の一体改革等財政や経済に関する議論が続けられている。勿論これも重要な取り組みではあるが、この国の危機を救う為には、私はもっと重大なテーマが欠落していると考える。それは教育である。 
 日本も世界も政治経済ではこの20年間で革命的変化を起こしているのに、教育の世界は敗戦直後に制定された教育基本法に基づいた教育が延延と続けられ、やっとその基本法が平成18年に初めて改定されたが、教育現場の変化はまだほとんど現れていない。だから前時代を支えた教育を受けて、すっかり変わってしまった実社会に送り出されてくる若者たちが社会に適合できずに色々な社会問題を引き起こすのはしごく当然のことである。教育改革こそもはや待ったなしの緊急課題と認識し、それを成し遂げ、新しい価値観と能力を持った若者がどんどん世の中に輩出されてきた時に、初めてこの国は再び夢と希望に満ちた活力ある国に復活できると私は思う。

●半田の教育改革運動が始動
 半田教育改革協議会と専門委員会には榊原市長はじめ行政、議会、教育界、経済界、そして若い親の世代の方々に参加頂いて協議検討を重ねた結果、この4月に学校と地域の連携を強化するための学校運営協議会がまずモデル3校でスタートし、併せて親が変わることを目指してPTA活動を変えてゆこうとの運動も今年度から始まることになった。半田の教育を変える第一歩である。
 課題や悩みを抱える若者たちをそのように育てたのは大人である。大人がまず変らなくては子どもは変わらない。今こそ親が変わり、教員が変わり、教育環境が変わることで、日本の危機を救う若者をこの半田で育てようではありませんか。皆様のご理解とご協力を切にお願いいたします。


半田商工会議所 副会頭 神谷義尚(神谷鉄工梶@代表取締役)


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知多半田駅前のおもてなし〜知多半島のおみやげショップ「Chita San」〜(平成24年7月号)

2012年7月2日(月)
知多半田駅前のおもてなし〜知多半島のおみやげショップ「Chita San」〜(平成24年7月号)  知多半田駅前・クラシティ半田の1階にひと際目立つラッピングをしているお店があるのをご存知ですか?カラフルなラッピングの正体は「知多娘。」のみなさんです。「知多娘。グッズ売り場」と思われがちですが、店内に入るとそこは、「ChitaSan」(チタサン)と名付けられた知多半島の物産・お土産コーナーです(「知多娘。グッズコーナー」はその一角にあります)。
 おやつ感覚で食べられるお菓子類から、お土産として重宝な半田の銘菓、知多牛のカレー、味噌・たまりやドレッシング、老舗のお茶屋さんの詰め合わせ…などなど多彩です。
(半田市観光協会製作の新美南吉グッズも置いていただいています)
 昨年9月のオープンからもうすぐ1年になりますが、最近特に品揃えが充実してきました。
 「第7回はんだ山車まつり」の公式認定グッズの先行販売も行っています。
 運営しているのは、NPO法人エンド・ゴールです。法人の主事業は、「若者のキャリア開発」で相談やカウンセリング・セミナーの開催などこちらも多彩に事業を展開していますが、愛知県制作の「知多娘。」を活用した動画が大反響を呼び、観光関係事業との連携が増えているので観光まちづくりのNPO法人と思われている方も多いのではないでしょうか。

 NPO法人エンド・ゴールの大久保理事長のお話では、法人が厚生労働省の委託事業で運営する「ちた地域若者サポートステーション」の認知度アップのために「知多みるく」というキャラクターを創り出したのがスタートで、「ちた」を名乗るので知多半島5市5町のキャラクター開発に発展し、「知多半島観光圏」の認定などとタイミングが重なり観光イベントにも参加する形になりました。同時に、若者からの相談はどんどん増えるものの、体験の場づくりや就職・起業など社会へ繋げるネットワークの開拓が急務だったNPO法人エンド・ゴールのニーズとも重なったようです。
 クラシティ半田の出店にあたっては、「空き地・空き店舗制度」
を活用したということです。スタッフの平均年齢も若いNPO法人が実践的に店舗経営をし、知多半島の商業者や観光事業者さんとのネットワークが拡がることは、観光人材の育成の視点で大きな可能性があります。NPO法人エンド・ゴールのコーディネートで観光視点を持った農・商・工業で働く若者が少しずつ増えていくことが期待されます。
 今夏、「知多娘。」に新たなキャラクターが登場します。名前は「広小路くらら」です。「ChitaSan」と2人3脚で知多半田駅前のおもてなしに力を発揮してくれることと思います。
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【ChitaSanの営業時間】
 月曜日〜金曜日 9時〜19時30分
 土・日・祝日 10時〜19時30分
 定休日 毎月第4水曜日


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半田市内の文化財探訪 その8(半田東地域)の第10回

2012年6月22日(金)
半田市内の文化財探訪 その8(半田東地域)の第10回 光照院

 <聖観(しょうかん)世音(ぜおん)菩薩(ぼさつ)立像(りゅうぞう)> ( 半田市指定文化財<彫刻> )
  像高 107cm
 松材の内刳り(うちくり)のない一木造(いちぼくづく)りで、藤原時代の特色をそなえた地方作の典型的仏像であり、藤原期から鎌倉時代にかけて制作されたもののようである。
 両手に補修がなされているが、秘仏として開扉されなかった為、保存状態我良く当地としては優れた遺品のひとつである。台座や持ち物は後補である。


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すぐそこにいる“誇るべき人々”(平成24年6月号)

2012年6月7日(木)
すぐそこにいる“誇るべき人々”(平成24年6月号)  私はゴールデンウィーク前の4月20日、新刊を発表した。『太平洋戦争 最後の証言』第3部「大和沈没編」(小学館)である。
 この作品は、昭和20年4月7日に沖縄への水上特攻を敢行し、東シナ海で永遠の眠りについた戦艦大和の生還者を全国に訪ねて、その証言で描いたノンフィクションである。
 これによって、『太平洋戦争 最後の証言』シリーズは完結した。すでに、第1部「零戦・特攻編」、第2部「陸軍玉砕編」は刊行済みなので、ご存知の方もいるかもしれない。
 なぜ今、太平洋戦争の証言を? と不思議に思う方もいるだろう。しかし、私はこのシリーズだけはと、長い間、念願してきた。
 理由は、大正生まれの方々の真実の姿を現代に伝え、私なりにこの方々に感謝の気持ちを表わしたかったからだ。
 太平洋戦争の主力となったのは、終戦時、19歳から33歳となっていた大正生まれの若者である。大正に生を享けた男子1348万人のうち、戦死者は約200万人にのぼる。つまり彼らは、同世代の約7分の1が戦争で命を落としているのだ。言うまでもないが、日本の有史以来、生を享けた男子の7分の1が戦死した世代はほかに存在しない。それほど多大な犠牲を払って「戦後日本」はスタートした。
 そして、生き残った大正生まれの若者は、死んでいった仲間の無念を胸に、がむしゃらに働きつづけ、戦争からの「復興」どころか、ついには世界から“20世紀の奇跡“と呼ばれる「高度経済成長」を成し遂げた。
 彼らは、ただ黙々と働きつづけたのである。今の日本人は、高度経済成長の主力が、大正生まれだったことを知らない。そんなことは教えられたこともないし、逆に日本は戦争で、どれほどひどいことをしたか、ということを教え込まれ、多くの犠牲を出したこの世代を貶めてきた。
 世界には、先の大戦をどう捉えるか、というさまざまな視点がある。その中に、「あの戦争で、世界の“秩序”が変わった」というものがある。ここで言う世界の秩序とは、白人(特にアングロサクソン)による有色人種支配である。白人が黄色人種や黒人を支配するという、戦争前には当たり前だった“常識”は戦後、劇的に変わった。
 植民地だったアジア各国は独立し、やがてその波はアフリカに達し、アフリカ諸国も独立していった。さらにその嵐はアメリカにも波及し、黒人による公民権運動が激化し、キング牧師暗殺などの尊い犠牲を払いながら、今では、黒人のオバマ大統領を戴くまでになっている。
 このもとを考えた時、大正生まれの若者たちの尊い命が何のために失われていったのか、ということに、どうしても行きつくのである。
 私は、戦場に散った200万人という大正生まれの青年たちは、世界の礎となって死んでいった、と思っている。
 生き残った方々も多くが鬼籍に入られ、今、お元気な方も90歳前後というご高齢となっている。私は彼らの思いをなんとしても後世に伝えたいと思い、このシリーズを刊行した。
 取材させてもらった老兵たちは、いつの間にか100人を超えていた。私たちのすぐ近くにそういう方々が今もいることを、どうか多くの日本人に知って欲しいと思う。


ノンフィクション作家 門田隆将

(かどた・りゅうしょう プロフィール)
1958年高知県出身。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。週刊新潮編集部の記者、デスク、副部長などを経て、2008年ノンフィクション作家として独立。事件、司法、歴史、スポーツなど幅広いジャンルでベストセラー本を相次いで刊行。「甲子園への遺言」「なぜ君は絶望と闘えたのか」は、テレビドラマになり大きな反響を呼んだ。「この命、義に捧ぐ―台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡」で第19回山本七平賞を受賞。このほど「太平洋戦争 最後の証言」シリーズを完結させた。




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◆◆◆カビ対策◆◆◆

2012年6月2日(土)
 梅雨の晴れ間の日差しがまばゆく美しい季節ですね。しかし、梅雨時は湿度も温度も高くなりカビが発生しやすい時期です。そこで、今回はカビ対策についてお伝えします。

 カビは「真菌」という微生物の一種です。アレルギーや感染症を引き起こしたり、食品を腐敗させるなど、私たちの生活に悪影響を及ぼすことになりますので発生を防いだり、取り除いたりすることが必要になります。

<カビの予防>

 カビの発生を予防するには湿気を取り除き、湿度を抑えることが大切です。室内は喚気を心がけ、通気をよくしましょう。またタンスや押入れ、下駄箱など、湿気の溜まりやすい場所もなるべく扉を開けて、湿気がこもらないように気をつけましょう。湿気取りや、食品に入っている乾燥剤を置いておくことも効果があります。

 家具を壁に密着して置かないことや、家具と家具の間は10p程度の隙間を空けることも空気の通り道を作り効果的です。押入れにすのこを置くなども通気を良くする方法の一つです。できることから始めてみましょう。

<カビを取り除く>

 お風呂場や洗濯機などカビが生えやすい場所は、こまめに掃除をすることが大切です。塩素系漂白剤はカビの色素を分解・漂白する作用と消毒・殺菌する作用があります。また消毒用エタノールも殺菌作用があるのでカビを死滅させることができます。カビの栄養源は埃や汚れですので、清潔に保つようにしましょう。

 これから暑くなりますが、環境を整え健やかに過ごしましょう。



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童話の森のおもてなし 〜Cafe&shopごんの贈り物〜(平成24年6月号)

2012年6月1日(金)
童話の森のおもてなし 〜Cafe&shopごんの贈り物〜(平成24年6月号)  半田市観光協会では、ゴールデンウィーク直前の4月28日、新美南吉記念館に喫茶コーナー「cafe&shopごんの贈り物」をオープンさせていただきました。
 昨年9月より、新美南吉記念館内で試行的にミュージアムショップを運営させていただき、お土産品販売場所の充実を図っていましたところ、2月に、新年度からの喫茶コーナーの運営者の公募がありましたので、喫茶にお土産品のショップを併設する企画提案をさせていただき、選考会を経て、4月からの運営者に決定されました。
 すでに足を運んでいただいた方もあるかと思いますが、従来の店舗の内装を大きく変えさせていただきました。半田市観光協会(蔵のまち観光案内所)で運営している「蔵のまちギャラリー」の企画展などでご縁が生まれた、若きクリエーターのみなさんが手弁当でオープン準備に力を発揮してくださいました。壁を飾るイラストを描いたり、調度品を加工したり…と様々ですが、予算・時間ともに限られた中で支えていただき本当にありがとうございました。

 喫茶コーナーの公募へ手を挙げるに至ったのは、「お土産品を売っている場所が少ないね」に代表されるお客様のニーズと会員のみなさまと繋がる場所づくりを進めたいという観光協会の思いが重なってですが、目指すのは新美南吉記念館の「おもてなし窓口」です。観光情報やイベント情報の発信をはじめ、展示企画や体験企画なども開催していきたいと考えています。(オープニング準備に携わっていただいたクリエーターのみなさんには、引き続きお世話になることと思います。)
 5月3日〜5日に、オリジナル企画の第1弾として、親子向けの「ごん吉くんクイズラリー」を実施しました。童話の森を散策したり、何気なく通り過ぎる場所に足をとめて観察したりという、楽しみながら南吉(童話)を身近に感じていただくきっかけづくりをしました。
 もうすぐ南吉さんの99回目の誕生日です。生誕100年事業も本格化し、「新美南吉生誕100年 ごんぎつねの世界」の全国巡回展も京都府の丹波市立植野記念美術館からスタートしました(〜6月17日まで)。今まで以上に県外からの来訪者が増えることと思います。一人でも多くの方に「cafe&shopごんの贈り物」にお立ち寄りいただけるよう運営していきたいと思います。
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全国巡回展の今後の予定
 ○堺市東文化会館(2012年6月30日〜8月7日)
 ○北海道立文学館(2012年9月8日〜10月21日)
 ○JR名古屋高島屋(2012年12月26日〜2013年1月7日)
 ○静岡市美術館(2013年2月23日〜3月31日)

新美南吉記念館ホームページ http://www.nankichi.gr.jp


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TEL (0569)21-0311 FAX (0569)23-4181
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