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オピニオンHANDA ゲッポウ巻頭コラム


目指すは「内に優しく外に強い国家」(平成27年3月号)

2015年3月1日(日)
目指すは「内に優しく外に強い国家」(平成27年3月号)  これからの日本は今後起きる東アジア情勢の変化に大きく影響を受けそうだ。明治維新以降もそうであったように日本の近隣諸国に起きる変化は日本の安全保障と国民の暮らしに大きな影響を与える。
 今改めて東アジア諸国と日本の国家の成り立ちや統治への考え方の違いを再認識することも必要だ。一時期「東アジア」の構想がもてはやされたが基本的な考え方の違いを分析せず、うわべだけの協力関係を唱える危険性も認識される必要がある。
 中国や朝鮮半島における国家の統治に関する考え方と日本が決定的に違うのは「易姓革命」思想への対応だ。易姓革命は中国や朝鮮半島での王朝の交代時になぜそれが起きたのかを正当化する理論として使われてきた。つまり前王朝の皇帝や国王が民を苦しめる圧政を続けた場合、それを滅ぼして天の意を再現した新しい「姓」を持つ王朝に代わる事ができるとされた。一例としては朝鮮半島で高麗王朝をうちたてた王氏の一族が王朝末期にほぼ国家の破綻を招き、それで李氏王朝が新たに朝鮮を建国したのが典型だ。
 一方日本は古来より一貫して易姓革命思想を取らず、万世一系の天皇を中心とし和を尊ぶ国家を作る努力をしてきた。その中心に位置する天皇は意図的に権力を行使せず、国の精神的支柱として、自らは姓をもたないことで易姓革命によらない歴史を作ってきた。
 こうした基本的な認識の違いを基に現在の東アジア情勢を見ると幾つかの注意すべき視点が見えてくる。まず、中国の海洋進出の脅威にどう対応するかだ。中華民族の夢を唱え、共産党王朝とも言える中国の現在の国家統治はその軍事力を背景にアジア諸国では大きな脅威となっている。中国のアジア太平洋地域での海洋進出は海洋国家としての覇権主義と資源の獲得の二つの目的がある。今後尖閣諸島や、宮古島、そして沖縄本土から小笠原諸島における日本の西太平洋海域が中国の制海権に落ち、シーレーンの確保が難しくなれば、日本の繁栄はその時点で止まってしまう可能性が高い。その為に、日本は日米関係への深化を深め、日米安保条約第5条における有事の際の共同行動の確認を行った。それに加え、今後も引き続き海上保安庁の対応能力や自衛隊の装備の向上を図る必要がある。その為には国家財政の収入を如何に増やすかだ。今後の消費税の上げは社会保障費の充実に使われる為、今後の税収はやはり、法人税からの増収が一番期待される。法人税は今後国際的な税率の観点から30%以下になる事が予定されており、そうであれば、ベストの解決方法は日本の多くの企業が国内に回帰し、地方に工場を作り、地方の創生に資する経済活動を担い、結果として国全体で法人税の増加を図る事だ。
 国民の格差を出来るだけ小さくし、分厚い中間層を維持しながら地方を大事にし経済特区を使いながら地方に企業を誘致し、税収の増加を図り、それにより他国からの脅威に備えるというしっかりとした国家統治が、今後の日本には必要だ。

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
オックスフォード大学大学院訪問教授 川村亨夫

(かわむら・ゆきお プロフィール)
1951年福岡県生まれ。74年慶応義塾大学卒業。住友銀行に入り、東京、大阪、ニューヨークの国際金融部門などで勤務の後、マイアミ大学大学院、ハーバード大学大学院で国際法と国際関係論を専攻。83年国連本部に入り、事務総長室法務官、財務査察審議会議長などを経て、97年より現職。その他法務省検事特別研修講師、国土交通省首都機能移転審議会委員、2008年7月より経済産業省構造審議会委員。国連の法務官や銀行マンの経験を踏まえ、世界から日本を見た視点で国際政治、国際関係論を展開。米国の政官界に知己が多く、裏情報にも精通している。また、CNN、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京の国際、政治、経済に関するコメンテーターとしても活躍中。


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半田市の防災・減災対策(平成27年2月号) 

2015年2月1日(日)
半田市の防災・減災対策(平成27年2月号)   東日本大震災は未曽有の被害を生じさせましたが、一方で安穏な生活を享受しているわれわれに、貴重なそして得難い教訓を数多く伝えてくれました。
 国内のどの地域よりも災害への備えをしていた地域が、海溝を500kmにわたり破壊しつくした巨大地震が引き起こした大津波により、それまで穏やかであった東北地域の沿岸部を一瞬にして無残な様相へと変えてしまいました。
 この様な未曽有の災害のなかでも、子供たちの率先した避難行動が地域の人々の多くの命を救い、また秩序正しい避難所生活は、世界から称賛されました。これら実践された「命を守る行動」は、この地方の過去の被災体験が世代を超えて語り継がれてきたことによる防災意識の高さに基づくものです。
 半田市は、震災直後から宮城県亘理郡山元町への職員派遣を続けています。毎年、意欲ある職員が、被災地で貴重な経験を積んでいます。「伊勢湾台風」に際し、全国から尊い支援を受けた自治体として、今後も、可能な限り被災地に向き合い支援を続けてまいります。
 さて、私は「防災・減災対策」を市政の最重要施策に位置付け、スピード感をもって事業の推進を図ってまいりました。こうしたなか、1月5日に新庁舎のオープンを迎えることができました。市民のみなさまから、様々なご意見をいただくなか、早期の防災拠点建設のため、耐震性に富んだ新庁舎が竣工いたしました。昨年5月に愛知県防災会議が公表した大規模地震の被害想定は、本市にとっても大変厳しい想定ではありましたが、地域を支える拠点施設として必ずや市民の皆様の信託にお応えできるものと確信しております。
 一方、市内各地域では、自主防災会を中心とした防災・減災対策の啓発や、より地域の実情に合った防災訓練への取り組みなど、防災リーダーの指揮のもと活発な取り組みが続けられています。これらの訓練・啓発を通じて、地域の皆様同志が顔の見える関係を醸成されることが何より重要なことと考えております。
 そして、各家庭で「強い揺れ」への備えを施し、「助けられる側から助ける側」になってこそ、地域の防災力は向上していきます。
 半田市は、防災のみならず地域との連携を推進するため、地域に担当職員の配置をすすめております。地域担当職員制度とは、市職員が地域へ出かけ、会議への参加や意見交換、コミュニティの交流イベントのお手伝いなどを通じて、よりよい地域づくりを応援する制度です。地域のみなさんといっしょに活動し、信頼関係を築きながら、地域からの提言の収受、行政情報の伝達など、地域と行政とのつなぎ役を担います。
 地域と行政が様々に連携し、意思の疎通を図っていけば、災害時の初動対応や避難所の運営など、自主防災力の向上にも大きく寄与するものと考えています。皆様方におかれましても、この様な地域連携にご理解とご支援をいただきますようお願い申し上げます。


半田市長  榊原純夫


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年頭のご挨拶(平成27年1月号)

2015年1月1日(木)
年頭のご挨拶(平成27年1月号)  平成27年の新春を迎え、謹んでお慶び申しあげます。

 皆様におかれましてはお健やかに新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 ご承知の通りここ1年余りの間、為替の変動により業界によっては円安の恩恵を受けた企業もありますが、原材料やエネルギー価格の高騰により、我々中小企業を取り巻く環境はますます予断を許さない状況になっています。

 昨年当所では、新体制が掲げた“真のグローバル人材を積極的に育て、次の世代への懸け橋としていく”との基本理念のもと、人づくり強化に新設委員会を中心にして取り組みました。また、頑張っている人々を支援し、しっかりとした当地域の将来展望を描いていくため、「観光地ビジネス創出の総合支援事業」や「亀崎江戸文化の次世代継承を通じたまちづくり事業」、地域商店街活性化事業として「はんだWELCOME=BOOK2014」、「ごはんだ食まつり2014」、「オトナ女子の美・健康・癒しスタイルBOOK〜クーポンBOOK in 半田〜」などの様々な新規事業も展開しました。そして青年部も50周年の記念事業を執り行わせていただきました。各事業とも成功裡に納めさせていただくことが出来ましたのも、ひとえに会員や関係機関の皆様のご支援の賜物と心より感謝申し上げます。

 本年は、改修工事が進められておりました「半田赤レンガ建物」、「ミツカン ミュージアム (愛称:MIM)」、「中埜半六邸」といった主要観光施設の相次ぐオープンが予定されており、まさに観光都市づくりへの元年となります。当所としても「知多半島春の音楽祭2015『銀幕の妖精〜ローマの休日〜』を3月に開催し、音楽でも街を盛り上げていきます。
街に人が集い、にぎわい溢れるまちづくりを図っていくためには、「おもてなし」が欠かせません。地域活力の源となるのは、なんといっても“人”であり、中小企業の皆様です。

 当所ではこれまで以上に人づくりとともに地域企業に寄り添って支援する「伴走型」の中小企業対策や地域活性化事業に力を注いで参ります。そのために事業計画の策定・実行支援をはじめとする事業のより一層の質的・量的向上、支援体制強化を進めていきます。
何もしなければ少子高齢化が進展する中で、マイナス成長、地域の喪失は避けられません。これに対する適切な対策を今から打っていけば、そうではない明日の半田が拓けると思っております。

 本年も商工会議所組織の中枢である部会・委員会を中心に青年部、創立10周年を迎える女性会、関係諸団体など、皆さん一人一人の力をお借りしながら、明るい話題が提供できるよう、全力で取り組んでいきます。
 今一度、皆様方の更なるお力添えを心よりお願いいたしまして、年頭のご挨拶とさせて頂きます。
 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


半田商工会議所 会頭 榊原卓三(尾張製粉梶@代表取締役)


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消費税増税派は国士でいるべきだ(平成26年12月号)

2014年11月30日(日)
消費税増税派は国士でいるべきだ(平成26年12月号)  本年4月の消費税増税の影響が意外に大きく、来年10月の消費税増税をどうするか、難しい局面になってきた。しかし、消費税増税が難しくなったのは、消費税増税派が、景気を悪化させることなく、消費税を増税できると言ったからではないか。
 消費税の3%分の引き上げは、GDPの1.5%分の増税であるので、14年度の成長率に与える影響はマイナス1.5%である。日本経済の当面の成長トレンドは2%程度であるから、合わせると、14年度の成長率は0.5%にしかならない(消費税増税前後の駆け込み需要とその反動は無視している)。ここで、海外景気の低迷などがあれば、成長率は容易にマイナスになる。消費税増税派が、14年度の成長率は消費税増税でマイナスになる可能性があるが、それでも財政再建のために必要だから増税しようと言って人々を説得していれば、今さら止めようという話は出てこなかった。
 14年度の成長率をゼロ%としよう。消費税3%分の引き上げで得られる税収は前述のようにGDPの1.5%、金額では約7.5兆円である。消費税を増税しなければGDPは1.5%で伸びて、その結果、税収は4.5%伸びる。これは景気回復の初期には、税収はGDPの伸び率の3倍伸びるという経験則による。現在の税収は40兆円余りだから、40×4.5%で1.8兆円である。増税によって景気回復による自然増収を失うが、それでも7.5兆円−1.8兆円で5.7兆円の増収がある。
 ところが、消費税増税派は、消費税増税をすると同時に、公共事業を増額するから不況にならずに増税できると言った。私の知る限りのエコノミスト(私自身も含める)は、それを信じてマイナス成長にはならないと予測した。消費税増税をすると同時にGDP1%分の公共事業を積み増したので、消費税増税のマイナス1.5%と合わせてマイナス0.5%以下の影響にしかならないと考えたからである。
 しかし、公共事業がどうも効いていないようである。建設単価が上がって、公共事業ができない。公共事業で景気対策をするという昔ながらの戦略がうまくいかなかったようなのだ。
 公共事業の効果を大きく見たのは、エコノミストの失策である。しかし、消費税増税を巡ってもめるのは、増税すれば景気が悪くなるのが当然なのに、増税派が、景気が悪くならないように増税できると言ったからである。
 消費税増税派には、国家百年の大計のためには消費税の増税が必要だと、国士的口振りの人が多いが、国士なら首尾一貫して国士であってほしい。増税派が、増税すれば景気が悪くなるが、必要だからする。その責任は我々にあると言えば良かった話である。消費税増税のマイナスの効果は1年たてば剥落するので、15年10月に消費税を再増税しても、アベノミクスの効果が次第に現れ、16年の末には、元の成長過程に戻るだろう。しかし、増税派は、不況になればアベノミクスの失敗で我々の責任ではないと言うだろう。安倍総理としては、慎重にならざるを得ない。国士が実は策士であることが、日本が財政再建できない理由ではないか。

早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員 原田 泰

(はらだ・ゆたか プロフィール)
1950年生まれ。1974年東京大学卒業後、同年経済企画庁入庁、同庁国民生活調査課長、海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長、大和総研専務理事チーフエコノミストなどを経て、現職。著書は、『震災復興 欺瞞の構図』『日本経済はなぜうまくいかないのか』『日本はなぜ貧しい人が多いのか』『日本国の原則』(石橋湛山賞受賞)『昭和恐慌の研究』(共著、日経・経済図書文化賞受賞)『日本の失われた十年』『日米関係の経済史』など多数。


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雑感 〜公取委の広報〜(平成26年11月号)

2014年10月31日(金)
雑感 〜公取委の広報〜(平成26年11月号)  十年近く前、総合研究開発機構にいた頃、日本福祉大学知多半島研究所にお願いして、全国のシンクタンクの若手研究者を集めた研修セミナーを開いたことがある。地域活性化が議論のテーマであったが、覚えているのは議論の中身ではなく懇親会で飲んだカブトビールと昼食で食べた尾州早ずしだ。どちらも昔の姿を復元したものだが、ここの地域の歴史を文字通り味わった。

 公取委に対して、広報活動が足りないのではないかとの注文がよくある。公取委は独占禁止法を運用する機関であり、独禁法令に違反する者を取り締まるための組織であることは間違いないのだが、取り締りだけしていればよいというわけでもない。よく例に出すのは、交通安全の話である。交通警察はスピード違反や酒酔い運転などを厳しく取り締まっているが、一方で、交通ルールを守らせるための活動も行っている。究極の目的が事故なく円滑な交通の確保であり、これが国民の福祉の向上や経済の成長につながるからだ。

 独禁法の究極的な目的は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させ、事業活動を盛んにし、雇傭及び国民実所得の水準を高め、以て、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発展を促進することである。独禁法違反による課徴金納付命令は25年度総額約300億円にのぼるが、一般消費者からみると、消費者余剰の一部を国庫に取り戻してくれたとの評価がある一方、それだけ競争市場が大きく歪められているということでもあり、世の中的には課徴金の額が多ければよいというものではない。公取委としても競争市場のルールを守って行動してもらわないと、独禁法の究極の目的は達せられないと考えており、そのための広報活動は決して疎かにしてはいない。

 おそらく広報効果が最も高いのは、マスコミを通じた事件報道であろう。独禁法違反事件でも、大きく取り上げられ、読者も強く印象に残る。冒頭で述べたように、小難しい議論は全く記憶に残らないが、姿かたちの変わったものに遭遇すると長く憶えているものである(少なくとも自分のアタマはそうなっている)。ただし、マスコミは公取のダイナミックな行動は取り上げるが数が多いわけではない。また、競争ルールの解説などあくびが出そうなことは記事にしない。インターネットのおかげで役所が提供する情報は質、量とも格段に増え、人々がアクセスできる情報も増えたはずだが、広報が足りないとの指摘の背景には、マスコミへの露出が小さいという事情もあるだろう。

 マスコミ報道は他力本願なので、公取の広報はそればかりに頼っているわけではない。独禁法、下請法、景表法や消費税転嫁対策特措法などをテーマに説明会やセミナーなどを度々開いており、商工会などの団体からお呼びがかかれば、職員を講師として派遣することも多い。いわば直接広報なので出席者にしかご利益はないが、実務や法務の担当者が多く参加するのでルール違反に対する抑止効果は高いだろう。半田商工会議所でも、ご要望があればぜひ声をかけていただきたい。

公正取引委員会事務総局中部事務所長
小野 稔

(おの・みのる プロフィール)
1963年秋田県生まれ。1985年一橋大学法学部卒業後、経済企画庁(現 内閣府)に入る。在チェコ日本大使館、日本輸出入銀行海外投資研究所、公害等調整委員会事務局、総合研究開発機構などにも出向。内閣府では、政府広報室参事官、食品安全委員会事務局勧告広報課長、経済社会総合研究所総務部長など。2013年8月から現職。



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平和は空気ではありません(平成26年10月号)

2014年9月29日(月)
平和は空気ではありません(平成26年10月号) ●神谷の寺子屋授業
 私はこの夏休みに縁あって市内小学4年生有志20名に対して授業をする機会を与えて頂きました。テーマは「偉人を通して日本の歴史を知る。そして福沢諭吉・学問のすすめを学ぶ」。テーマもテーマながら、小学生相手に語るのも初めての事。2ヶ月の準備期間は自分自身の勉強と、どう授業を進めるのか苦悶の日々でしたが、世界のことも含めた3時間の授業が多くの子どもたちに喜んでもらえてホッとしました。やはり若者は宝ですね。

●突然の、戦争と平和に絡む政治に戸惑う大人たち
 寺子屋授業を受けた子供たちの感想文を読んで、私が強い印象を受けたことがあります。
それは何人かの子どもが、1時限の授業で、世界には今現在も戦争で苦しんでいる子どもたちがいると述べたことに関連して、「戦争のことなんて初めて知った、平和であってほしいので、平和についてこれからも勉強してゆきたい」と述べていたことです。
 7月1日に政府が集団的自衛権行使容認を閣議決定したことを受けて地元紙が行った若者へのインタビュウ結果は圧倒的に「無関心」でした。また私がこの間、意識的に問いかけてみた多くの友人や知人たちの反応も「よく解らない」でした。中部地区国会議員108人のアンケート調査結果では「どちらとも言えない」、「無回答」が25人、24人と、国会議員でさえ、このような重大な政治案件に対して半数近くが不勉強・保身でした。
 考えてみれば戦後69年間この国が平和であったことは事実であり、平和を守ることについて何も考えず、経済一辺倒で幸せを追いかけてきたことも事実です。その結果がこのような国民の反応を生んでいるとしたら、この69年は実に良き時代ではありましたが・・・

●国民の間に広がる情報格差
 私は過日、現政権の中枢にいる政治家と戦争と平和について、家内も含めた3人でじっくりと語り合う機会を得ました。そこで愕然としたのは、彼の持つ情報と、私や私の周りの人の持つ情報の量と質の驚愕すべき差でした。集団的自衛権容認について政府の説明不足をマスコミは責めます。しかし外交や軍事に関する情報には公に出来ないものがあるのも厳然たる事実です。もし説明に納得できなければ、自分で時間と、時に金をかけてでも情報を集め、考え、判断しなくてはいけません。また特別秘密保護法の制定やNSC(国家安全保障会議・National Security Council)設置も拙速であると批判しました。しかし国際関連政治は相手国があって決まるもので、自国の事情だけでは判断出来ません。日本は今、戦後初めて、真の独立が問われています。

●一身独立して、一国独立する事(学問のすすめ・三編)
 日本の国際環境はここ数年で激変しました。日本と米国が後退し、中国が大きな力を持ち、これを行使するようになった事です。結果この国で、戦争と平和が戦後初めて政治課題となってきました。私は戦争を望んでいる日本人はいないと思います。意見に差が出るのは、平和実現の手段についての認識の差です。今こそ私たちは戦争とは何か、国家とは何かを真摯に学び、夫々が自分の意思を持ち、議論しなくてはいけないと考えます。


半田商工会議所 筆頭常議員 神谷義尚(神谷鉄工椛樺k役)


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変化できる者であれ(平成26年9月号)

2014年8月30日(土)
変化できる者であれ(平成26年9月号)  『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である。』これは、イギリスの自然科学者、チャールズ・ダーウィンの言葉であるが、最近、「世の中変化している」と感じることが少なくない。
たとえば少子化の影響は言うまでも無い。我が国の18歳人口だけを見ても昭和41年には、約250万人であったのが、平成23年には約120万人と半減している。この事は年金問題、労働者不足等、多くの社会問題の一因となっている。
 一方、情報通信技術により人類が受発信する情報量が爆発的に増えている。人類生誕から西暦2000年までの約30万年間に蓄積した情報量は12エクサバイト(1エクサは10の18乗。バイトはデジタル情報の単位)と言われている。しかし、その後1年間で人類が受発信した情報量は約6エクサバイトであり、たった1年間で30万年蓄積してきた情報量の半分の情報を創出したことになる。さらに、2020年に創出する情報量は35ゼタバイト(1ゼタは10の21乗)と予想されている。これは、2000年に創出した情報量の約6,000倍に相当する量で、爆発的に世界の情報量が増加していることがわかる。実際、先にブラジルで開催されたサッカーワールドカップでは、大会期間中のツイート数(ツイッター:140文字以内の「ツイート」と称される短文を投稿できる情報サービス)は約6億7,200万回で、決勝でドイツが優勝した時には1分間で約60万回のツイートが記録されている。まさに大量の情報が瞬時に世界を行き来する時代になったと言える。
 量の大小はあるが、これまでにも、こうした社会の大きな変化に当地域の先人達が挑戦してきた歴史がある。江戸時代の大航海時代には海運を、明治時代の陸運時代には鉄道を、そして昭和に入り道路や空港の整備にも尽力している。小栗家古文書によれば、今から約90年前、知多鉄道設立認可のため地域の有志と連携し、頻繁に上京している記録が残されている。いずれも人や物の移動の大量・高速化を実現する事を先取りするものだが、それが、後の地域振興に大きく寄与した事は言うまでもない。今日の半田、知多地域の街づくりの基礎を作った先人たちは、時代の流れを捉え、「変化できる者」であったのだ。
 情報爆発の時代、1台のスマートフォンから世界に情報を受発信することが可能となった。港からでも、駅からでも、空港からでもなく、手のひらの中から、人や物が大量に移動することが可能になったのだ。今こそ、新しい発想のもと、この変化に対応した地域振興、街づくりがなされるべきではないだろうか。幸い、この地域の周りを見渡すと、あちこちにクレーンが立ち並び、新しい時代に向けた変化の兆しを見る事ができる。
今から100年前に比べ、人や物や情報の移動が大きく変化する今日、新しい発想のもと、この「変化」に対応することができた地域こそが未来に生き残ることができるのだ。明治維新の勇士、坂本龍馬が言った有名な言葉「日本を今一度洗濯し候」の如く、被った埃を払い、各地で未来に向けた「変化」の狼煙が立ち上がることを期待している。

愛知県立大学情報科学部 教授
名古屋大学未来社会創造機構客員教授
東京大学生産技術研究所客員研究員

小栗宏次

(おぐり・こうじ プロフィール)
1960年名古屋市生まれ。1990年名古屋工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了。工学博士。1998 年愛知県立大学情報科学部教授。2011年愛知県立大学情報科学共同研究所所長、現在に至る。
・愛知県個人情報等保護委員会 委員長
・あいちICT活用推進本部有識者会議 委員
・IT利活用による地域活性化検討会 委員(経済産業省)
等を歴任.著書に『100年後の中部』(日刊工業新聞社)など。



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少子高齢化時代の人材戦略(平成26年8月号)

2014年7月30日(水)
少子高齢化時代の人材戦略(平成26年8月号)  アベノミクスの流れの中で景気回復局面にありますが、中小企業においては少子高齢化や団塊世代の大量退職など、人材確保に対する懸念が構造的に強まっているという面もあります。知名度の低い中小企業にとって人材の確保・
育成を出発点とする人材戦略は、生き残りをかけた重要な経営課題の一つです。
 近年、「人材戦略」の重要性が高まる中、性別・年齢・国籍などに関わらず、多様な人材を活用することによって、企業の組織力や競争力の強化に結び付けようとする経営手法であります「ダイバーシティ経営」が、中小ものづくり
企業の現場でも注目を集めつつあります。
 女性や外国人を問わず、実力のある人材が最大限の力を発揮するような環境を提供し、組織の求心力を高める努力を怠っている企業は、将来の存続が危ないといっても過言ではないでしょうか。

★女性活用と外国人の戦力化
 女性の戦略化は、中小ものづくり企業においても、最も身近でかつ極めて重要な人材戦略といえます。潜在的な就業希望者は約300万人超にのぼるともいわれています。かつて女性労働の問題は、仕事と家庭の両立支援や保育園の拡充といった点から語られてきました。昨今では女性の持つ人的資源を活用して社会全体を成長に導くという視点に立った議論がされるような傾向にあります。やはり数でなく質の問題で、優秀な女性キャリアが途絶えることなく、
実力を積み上げていける組織にすることが、女性の活躍できる組織を作るためには不可欠であります。そのような仕組みの出来上がっている企業は、女性だけでなく男性にとってもワークライフバランスが取りやすく、業績の上がる傾向にあります。女性が活躍している企業ほど利益が上がり、企業価値を創造することができるということを経営のトップが明確に意識し、経営に生かしたいものであります。当金庫も、今年度初の女性支店長を誕生させました。
 女性を戦略的に登用することで、現場の戦力化だけでなく、女性ならではの価値観、特性、能力を引き出し、イノベーションの創出につなげていくことを期待しての登用であり、また、意識して女性を採用し、育成し、支援すべきであることを実践したものであります。「女性はこうあるべき」というような個人的な思いからその人固有の潜在意識を見逃さないようにするためにも、男女問わず、教育訓練が必要なのかもしれません。

 わが国の外国人労働者数は、直接雇用、間接雇用(派遣・請負)ともに年々増加傾向にあります。「人件費の流動費化」を図る目的が主流とされていた時代もありました。近年の内需低迷により、中小ものづくり企業においても、
外国人人材の積極的かつ戦略的な登用の重要性が高まっています。
 外国人労働者の採用においては、言葉の壁はないとは言えませんが、企業経営に与えるプラス面の影響も大きいものはあります。雇用することで、グローバル時代に不可欠な社員の語学力の向上と、海外展開への無用な「抵抗感」がなくなる効果が期待できるからです。

 最後に「女性の活用」「外国人の戦力化」といった取り組みは、社員の満足度を高め、会社全体の活性化、業績向上にも結び付く可能性を大いにひそめています。中小ものづくり企業は、その柔軟性を活かし、ダイバーシティ経営を通じて企業価値を高め、競争力を発揮したいものであります。


半田商工会議所 副会頭 榊原康弘(知多信用金庫 理事長)


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鉄は熱いうちに打て(平成26年7月号)

2014年6月27日(金)
鉄は熱いうちに打て(平成26年7月号)  私は一高(旧制第一高等学校)の最後の卒業生です。昭和23年4月、2年生になったときに1年生が入ってきましたが、学制改革で彼らは1年いただけで新制の4年制大学に移ってしまいました。従って3年生のときには、下級生はいないという状態でした。
 一高に入るのは難しかったからかなり勉強しました。自宅は電車で通えば10分位のところです。全寮制でしたから、入学と同時に寮生活が始まりました。敗戦後の食糧事情が悪いときでしたから、寮食の定番は朝食が雑穀入りのおじやと薄い味噌汁、昼食はすいとん、夕食は芋と水っぽいすけそう鱈の煮付けでした。
 一高というのは全寮制を抜きにしては考えられません。寮生活が中心で、自治会の長である全寮委員長を選挙で決めていました。社研という部屋があって、後に共産党の指導者になった人たちが入っていました。私は社研に入る勇気はなかったので、同じマルクスを勉強するにしても、もっと自由な立場で勉強する部屋はないかと探していたら、哲学の真下教授が部長の弁論部というのがありました。それで弁論部に入りましたが、弁論大会などはありませんでした。
 当時は選択する外国語によって、英語が文甲、ドイツ語が文乙、フランス語が文丙とクラス分けされていました。私は文乙を選びました。どうして暁星中学出身なのに文丙でなく文乙を選んだのか良く思い出せないのですが、多分、母が若いころ女子医専に通っていて、当時は医学書というのは皆ドイツ語でした。そんなことからドイツ語のクラスを選んだのかと思います。
 ドイツ語の先生は竹山道雄教授(「ビルマの竪琴」の著者)でした。校長は天野貞祐先生で、その前の安倍能成先生も校長でしたが、一高の校長の後、文部大臣を務めました。初めて学ぶドイツ語のテキストとして、竹山教授はヘルマン・ヘッセの作品、天野教授はカントの「実践理性批判」を使ったと思います。後年、ドイツの高官から「ドイツ語を勉強したのに何故会話ができないのか」と聞かれて、「実践理性批判」やヘーゲルの「論理学」を原書で読んだと言ったらたまげていました。
 授業に出るのは3人で1年間25時間という部もありました。だから代返を頼んだり頼まれたりしていました。或るとき、6人分の代返を頼まれて授業に出たら教室に7人しかいないことがありましたが、先生も分かっていて、にやにや笑っていました。寮で独学で勉強し、先輩や仲間と議論するという人が多かった。寮で知識も友情も育むというのが学生生活の骨子でした。だから親友の某君なんかは、授業に出ていないから一高を卒業するときはクラスの40人中、ビリから2番だったが、東大法学部では全優で、トップで卒業していました。
 休暇のときには、仲間と奈良に行ったこともありました。和辻哲郎の「古寺巡礼」を持って、新薬師寺から唐招提寺まで本に書いてあるとおりに歩いて巡りました。そういう文化的な面も、自分たちで考えて能力を高め、広い教養を身につけるというやり方でした。一高に入った人は皆選ばれた人という意識と自覚を持っていました。旧制高校のいいところでもあり、問題のあるところでもあります。それで戦後の学制改革のときに、東大の南原繁総長が米国の意を汲んで、少数の高校・大学から、能力のある者は誰でも行ける機会均等の高校・大学に変えてしまいました。このことは一高の雑誌に載っています。天野貞祐教授は一高を無くすのに反対でした。
 十代の若者が問題を共有し、自分で学び考え、議論を通じて仲間が支え合うという、こういう旧制一高のような全寮制の教育システムは、日本ではもう難しいでしょう。


公益財団法人 国際金融情報センター 前理事長 大場智満

(おおば・ともみつ プロフィール)
1929年東京都生まれ。東京大学法学部を卒業して大蔵省(現・財務省)に入り、財務官、大蔵省顧問、国際金融情報センター理事長、顧問を経て、平成24年9月退任。ドル高是正へ日米欧5ヵ国が大量の為替介入で協調する85年の「プラザ合意」を準備した。


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変化を速める日本経済(平成26年6月号)

2014年5月28日(水)
変化を速める日本経済(平成26年6月号)  「日本経済はルビコン川を渡った」。
 学生にはいまの日本経済を説明するさい、このような表現を使っている。これにはいろいろな意味が込められている。一つは、後戻りはあり得ないということだ。詳しいことはここでは述べないが、日本銀行が行った大胆な金融緩和で、もうデフレの時代に戻ることはないとみてよいだろう。
 ルビコン川ということの意味は、今後の日本経済は変化のスピードが速くなるということだ。その展開が私たちとって好ましいものなのか、それともそうでないかは、まだ分からない。経営者にとってみれば、その対応しだいということだ。
 ただ、重要なことは変化のスピードが速くなっていることで、それに対応できない企業にとっては大きなリスクとなる。逆に、変化にうまく対応することで大きなチャンスをつかむ企業もあるだろう。いずれにしろ、変化の方向とスピードに注意しなくてはいけない。
 変化の大きな方向は明らかだ。高齢化と少子化と人口減少はまだ進んでいくだろう。大都市への人口流出も含めて、地方都市の人口は急速に減少してく。グローバル化の進展やアジアの成長も大きな変化の波として日本経済を襲うだろう。そして情報通信などの技術革新が社会やビジネスのあり方を大きく変える。
 考えてみれば、こうした変化の方向は20年前から分かっていたことだ。それにも関わらず社会や企業が動かない。これがデフレの本質だ。デフレの時代、国民も企業も「今は何もしない。決断を先送りする」という守りの姿勢に入ってしまった。だからデフレが続いたという面もあるのだが、とにかく日本の社会は停滞した。
 アベノミクスの本質は、こうした停滞した社会を動かすということである。その結果として、人口減少やグローバル化に対して対応できなかったつけが一気にくることなる。ルビコン川を渡った後の変化のスピードは加速化する。
 安倍内閣の改革はなかなか進まないという人がいる。しかし、そうした人は現実をよく見てないのではないか。消費税は8%になった。法人税の引き下げの論議が本格化した。TPPに関する日米交渉は難航しているが、それでもあとは豚肉と自動車というところまでいったんは合意が進んだ。今後はその二つをさらに進めると言っている。こうした変化の中で、農業改革が本格化しようとしている。医療や年金でも、大きな改革案がいろいろと浮上している。
 社会を変えていくような改革は、どこの国でも簡単に実行することができるものではない。ただ、その改革を進めなくては、日本は先に進めないのだ。そうした意識が政治の場でも出てきている。だから、いろいろな動きが出始めているのだ。
 こうした変化をもっとも敏感に感じなければいけないのは企業経営者だと思う。変化は大変な利益機会であると同時に、対応を誤れば大きなリスクともなる。20年も停滞してつもった歪みが、いま一斉に音をたてて崩れようとしている。その変化をぜひビジネスチャンスにいかしてほしい。そうした企業が多く出てくれば、日本経済の将来も明るいものになるだろう。



東京大学大学院経済学研究科教授 伊藤元重

(いとう・もとしげ プロフィール)
1951年静岡県生まれ。1974年東京大学経済学部経済学科卒業。1978年米国ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了。現在は大学院経済学研究科教授。税制調査会委員。復興推進委員会委員長。経済財政諮問会議議員。社会保障制度改革国民会議委員。公正取引委員会独占禁止懇話会会長。
著書に『入門経済学』(日本評論社、1版1988年、2版2001年、3版2009年)、『ゼミナール国際経済入門』(日本経済新聞社、1版1989年、2版1996年、3版2005年)、『ビジネス・エコノミクス』 (日本経済新聞社 2004年)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞社 2011年)など多数。


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