
一人の人間でできることには限界がある。例えば、道を塞いでいる大きな石を動かすにも数人の人が力を合せることが必要である。数人で創業したばかりの企業も同じである。全員が社長の考えていることを共有し、社長も全員が何を考えているかを理解している。社員同士も細かな分業を意識しないで、互いにカバーしあって行動している。その意味では、企業は人の集まりであり、人を中心に置いた組織編成であるということができる。
しかし、企業には職務の体系という側面もある。特に組織の規模が大きくなると、社長が直接各人にその都度指示をだすことはできなくなる。予め各人の分担と指揮命令系統を決めておくことが必要になる。こういう意味では、組織は職務の体系である。
日本企業に多くみられる特徴は大企業になっても人を中心においた組織という色彩が強いのに対して、アメリカ企業では職務の集合としての組織の色彩が強い。
職務を中心に置いた組織編成では、それぞれの職務が明確に定義され、モジュールに分割されて、そのモジュールを組み合わせて全体の組織が編成されることになる。職務のモジュールに合わせて人を割り当てるのである。職務が明確に定義されているから、モジュールが重なり合うことはない。それぞれのモジュールが予め割り当てられた責任を果たしていれば、それで予定調和的に全体がうまくいくという考え方である。
人を中心に置く組織編成の場合でも、職務の定義は必要である。但し、職務を中心に置く場合よりも、その定義はあいまいであってよい。人に職務を割り当てるので、分割されたモジュールに隙間があったとしても、人がそれを埋めることが期待される。むしろ職務の定義があいまいであるほうが、人は割り当てられた狭い意味の職務範囲を超えて行動するようになる。
この結果、職務範囲が重なり合い、摩擦が生まれることもあるが、これがなければ技術の相互作用は生まれない。摩擦は技術の相互作用を生むための必要条件であると考えるべきである。ここで、それぞれが自分の庭先を掃くような態度をとればマイナスの効果しかうまれないが、全体最適の考え方が全員に共有されていればこの摩擦はプラスの効果を生む源泉となる。全体最適の考え方は、人を中心とする組織編成によって生まれるものであり、かつこれをプラスに作用させるための条件でもある。
日本企業に多く見られるもう一つの特徴は、全員の知恵を結集する組織運営である。これは組織編成の原理と密接に関連している。人を中心に置くからこそ、組織運営の局面で全員の知恵を結集しようという発想が自然に生まれる。職務を中心に置く組織編成の場合には、組織運営よりも組織設計により重点が置かれることになるであろう。
企業の規模が拡大するにしたがって、組織は細かく分割されるようになり、組織間には高い壁ができる。だからこそ全員の知恵を結集するための組織運営の重要性が増してくる。
日本企業はグローバル化の荒波の中で変化の時代を迎えている。企業は人の集まりであるという日本企業の組織編成の原点に立ち戻り、全員の知恵を結集する経営を目指すことが必要である。
東京理科大学専門職大学院イノベーション研究科 教授 松島 茂
(まつしま・しげる プロフィール)
1949年、東京に生まれる。1973年東京大学法学部卒業。同年通商産業省入省、その後、在ドイツ日本大使館参事官、通商政策局南東アジア大洋州課長、中小企業庁計画課長、大臣官房企画室長、中部通商産業局長を歴任。2001年法政大学経営学部教授、2008年東京理科大学専門職大学院教授。