半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

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5年先を見る!

2021年5月21日(金)

昭永ケミカル株式会社半田工場 工場長 丹村 州宏氏

 いつの頃からか、5年先を見て行動することを心掛けるようになった。仕事に忙殺される今は、その到達点を目指しているが、振り返れば中学生時代に漠然と将来の自分を考えた時に『変えたい!』と決心し、高校入学後は『変わろう!』と努力した。 
 「小学生の時は教科書に載っていた『泣き虫』の方言『泣きメロ』と呼ばれ、授業中に挙手できず、先生から指名されると顔が真っ赤になり黙ってしまう子どもでした。そんな自分が嫌で、意地になってそれまでの自分と決別しよう、将来こうありたいと考えていました。今では人前でも全く動じなくなりました(笑)」 
 住宅メーカーに入社し、5年後に東京に転勤命令が下った。夫人が妊娠中、両親が入院という状況で身動きが取れず、退職を決意した。将来像を描けないのはたった一つ、人生計画であると言う。それは自身だけではなく、家族単位で歩調を合わせることが大切だからと語る。家族を最優先し転職を選択、義父の勤めていた昭永化学工業(株)(現昭永ケミカル(株))に入社した。
 「前職も経理・総務畑でしたので戸惑うことはなく、私の周辺状況が落ち着いた2年後に経営企画室(東京)勤務となり、予算計上、社内ルール作りなど、やりがいのある仕事に携わる機会をいただきました。以後、半田工場の生産本部、再構築計画等に関わり、2019年現職に就きました。当工場は愛知県という物流面でも恵まれた立地にあるため、1973年の操業開始当初より同社の主力工場として稼働してきました。水性を含め幅広い品種の塗料の製造工場で、安全・品質の信頼に足る実績を積み上げています」 
 お客様のニーズにお応えできることを第一に考え、最初の1年で現状を把握、2年目からは考え土台を作り、5年目に実行するように導いていく。しかし近年、法令基準の変化、働き方改革、三六協定、そしてコロナ禍と、その背景や労働環境も激変している。工場長に就任し3年目を迎えるが、計画通りの進捗を望めないことも多々あるようだ。
 「短期間では、選択肢が限られる傾向にあると考えています。長期的に物事を捉えれば、最初の計画が頓挫しても、そこから波及して何かが生まれたり、別のアイデアも出てきます。無駄がないように考え、1年ごとに練り直していくことも必要でしょうね。変わること、変えることを極端に恐れない私の性格からか、失敗をどうリカバリー出来るかが自身の価値だと思っています。長いスパンを心掛けるのは、頑固な私だから冷静になって考えようとする自戒からかもしれません。柔軟に物事を捉えようと思っていますが、周りから見たらやはり頑固かもしれませんね(笑)」 
 企業として人材育成は重要で、特に製造業では技術の継承は大きな課題となっている。それは在職者全員に当てはまることで、今の担当者が次の世代に今出来ることをきちんと継承していくことで、仕事となってつながっていく。与えられた職責の中で責任を取り判断し考えていくことが仕事であり、単純にやっているのは作業に過ぎない。仕事にしていくことは、担当者の責務であると語る。もちろん、それは自身に向けての言葉でもある。
 「かつて、上司にとって私は扱いにくい部下だったようです(笑)。仕事として受けたからにはやるべきだと、頑固に出来る方法を考えてきました。努力をしてきたというより、こうありたいという想いで必死でした。涙を流したこともありますが、やりがいがあり面白い仕事に出会えて感謝しています。お客様のニーズにどう応えるのか?今、求められていることは何か?出来ることは何か?常に考えています。5年先も常に考えながら、その時々のこうありたいという夢に向かって仕事をしているでしょうね」

●ちょっと一息●
「ゴルフを楽しんだり、本の虫でジャンルを問わず乱読していた時期もありました。読書は老眼になり(笑)少し遠ざかり、いつの間にか一人で出来る写真を撮ることが趣味になりました。半田の住民になって20年
以上になり、市内の至るところに出かけカメラのシャッターを切ってきました。被写体は草花や自然が多いですね。彼岸花の時期は何度も矢勝川沿いに通いました。自分が撮られるのが嫌いなので人物は撮りません。子どもの成長記録の写真も妻が担当でした(笑)
 伊勢や静岡辺りまでバイクで遠出をする時も、常に単独行動です(時々バイク通勤をしています)。思い立ったら気ままにどこでも行き、気持ちも楽な一人の時間を楽しんでいます。バイクで遠出し、写真を撮る。趣味満載で、至福の時間です」

丹村 州宏氏
1969年名古屋市生まれ。91年愛知大学法政学部経営学科卒業。住宅メーカーを経て、96年昭永化学工業(株)(現昭永ケミカル(株))入社。経営企画室(東京)、生産本部、再構築計画に関わり、製造課長を経て、2019年現職。当所議員。半田市在住。



お客様に、楽しく、明るく、ポジティブな気持ちになって頂きたい

2021年5月21日(金)

コスメティック緑

 県道467号半田環状線、柊町五丁目交差点を西に入った高台の住宅地にある「コスメティック緑」。同店は創業67年目の今年1月21日に移転グランドオープンした。半田市で唯一アルビオン化粧品を販売している店舗である。同店は初代の田中平昭氏夫婦が半田市銀座本町にて、美容室と化粧品販売店をオープンし、現代表の父、そして、現代表の阿知波裕己氏へ引き継がれた。
 代表の裕己氏は、幼い頃お店で過ごす時間も多く将来は父の跡を継ぐ夢を叶えるため、メイクの専門学校を卒業。その後、メイク、美容商材を扱うディーラーとして美容室等新規オープンのマネジメントにも従事した。23歳で生まれ育った父のお店へ入社し、その4年後、代表となった。そして、今回2年前から準備・着手した、理想のお店をオープンさせた。店名『コスメティック緑』は、初代平昭氏の妻の名前から名付けられた。
 コスメティック緑は“お客様に、楽しく、明るく、ポジティブな気持ちになっていただき、今も、5年後10年後もずっとキレイで可愛い女性でいられるお店を目指していきます”をモットーに、店舗販売しかできない、アルビオンを中心にエレガンス、イグニス、イグニス イオ、カシー等の化粧品を取り扱っている。また、スタッフは感謝の気持ちを持ち、笑顔の接客にこだわり、肌の悩みを解消する徹底的なカウンセリングに拘っている。

 新店舗は、顧客がリラックス、リフレッシュでき、非日常を感じられる白色を基調とした空間で、プライベートが保たれる個室(メイクやミスト、ニキビのお治しスペース)、お子様連れも安心して利用できるキッズスペースを完備している。また、知多半島初、光線美顔を導入しエステメニューも充実している。
 オープン後、オープンチラシ、ホームページ開設、インスタグラム、YouTube、ライン等のSNSの宣伝効果、口コミもあり、多くの新規会員が増えたようだ。最近では、新型コロナウィルス感染症対策でマスクをする機会が多くなり、肌荒れの悩みで来店される顧客もあり、スタッフが親身に対応している。
 裕己氏は、「お客様が求めているものを追求し、お客様ファーストに拘っていきたい。また、将来は、ファッション、カラー、ネイル等トータルビューティーを扱う、カフェ併設のお店を10年後の40歳までにオープンしたい」と語る。
 顧客ファーストで、お客様に愛されるお店であり続けて欲しい。
                    (取材:竹内稔晴)
【住所】半田市土井山町1-202-1
【代表者】阿知波裕己
【創業】昭和29年10月
【営業時間】平日: 10:00~19:00 
     土日祝: 10:00~18:00
【定休日】第3月曜日・日曜(最終日曜は営業)
【TEL】21-0782
【HP】https://www.cosmetic-midori.com/


脚下照顧に基づく現状否認の実行

2021年4月19日(月)

中埜総合印刷(株)

 今回訪問したのは中埜総合印刷株式会社。令和3年2 月、138年続いた半田本社はその役目を終え、阿久比工場へと本社機能を移転した。工場・営業・管理が同じフロアでコミュニケーションをとれるという新たなメリットを手に入れ、これまでよりスピーディーな対応が可能に。
 お話を伺ったのは副社長の森川誠氏。現在までに15年間を副社長として過ごした森川氏からは会社や社員、地域への熱い想いが伝わる。
 印刷事業と食品事業(マルサンフーズ)を併せ持つという他に例を見ない事業形態は醸造の街、半田ならではの文化かもしれない。
 もう一つ中埜総合印刷株式会社の特色として地域貢献があるが、その一環として2冊の書物を発行している。愛知県のアマチュアスポーツ誌「Standard」(2ヶ月に1回発行)と知多半島観光情報誌「ぶらりぐるり知多半島」(1年に1回発行)。それまで印刷の事業というと“顧客からの依頼に沿うものを作る”が中心であったが、「Standard」の発行を通じてオリジナルの出版物を創るという新しいビジネスモデルに出会った。地元のアマチュアスポーツを応援しスポットライトを当てることで、スポーツを頑張る人たちを応援できること、そのエリアが元気になるお手伝いができること。その想いに応えるかのように、元中日ドラゴンズの立浪和義さんやプロゴルファーの塩谷育代さんといった愛知に縁のあるスポーツ選手が毎号登場し、コラムやワンポイントアドバイスなどを掲載している。時には「我がスポーツチームを載せてほしい!」という逆オファーが来ることも。その声にもできる限り対応し、選手たちを応援している。
 「ぶらりぐるり知多半島」は観光情報誌という名の通り“場所”はもちろん、“人” にスポットを当てた情報誌である。「作品となるような1冊にしたい」との森川氏の言葉通り、表紙には“保存版”という文字。手元にずっと置いておきたい、読者がそんな想いを抱くような内容は、編集スタッフが社内外を問わずチームワークでつながっている証。

 コロナ感染症の影響は?の問いに「ビジネスにはプラスマイナス双方の影響が及んだが、それ以上に社員を守ることが最優先だった」と森川氏は答える。その言葉通り、感染症対策のキーワードを詰め込んだトランプカードを社員に配布。社員とその家族を守るためにできることを考えた。
 そんな中埜総合印刷株式会社の今後とは。まず企業理念である「買う身になって まごころこめて 良い品を」と行動の原点である「脚下照顧に基づく現状否認の実行」をベースに、経営ビジョンの「従業員が誇りを持てる会社になる」へ展開し、各事業部ビジョンの実現へ向け全ての社員が理解し実行していけるような環境を整え、常に変革と挑戦をし続けていくこと。その結果が会社の成長を支え、社員の幸せにも繋がっていく。
 今回お話を伺った森川氏。自身も高校球児だった経験もあってか会社をヒトの体になぞらえて締めくくってくださった。体格・体質・体力この3つのバランスがとれた会社が理想で
すね、と。              
(取材:加藤由香恵)


【住所】知多郡阿久比町大字卯坂字梅ヶ丘145
【代表者】中埜宏泰
【創業】明治16年(1883年)   【TEL】0569-77-9877(代)


未来への“考動” ~より多く学び より多く交流し 最高の連帯感を~ 

2021年4月19日(月)

令和3年度半田商工会議所青年部会長 庭楽株式会社 代表取締役 榊原 亮輔氏

 コロナ禍の今だからこそと、持ち前の行動力が支持され、今年度の会長に就任。入会して10年、若干40歳。「既成概念に囚われず、自由な発想で委員会事業を実施してきた。昨年度はコロナ禍一色で大半の行事が自粛されたが、亮輔君なら何かやってくれるのではないか!」と会長を支えるブレーンからも熱い声援が届く。
 「後輩に誘われ入会し、1年目は和気藹々と楽しく活動し、2、3年目は仕事が多忙となりスリープ(笑)。翌年、県連会長に半田から出向することになり、そのお供に任命されました。真面目な奴じゃあダメ、イケイケでなければと居酒屋で口説かれ、酔った勢いで引き受けてしまって(笑)。身長178cm、体重93kgのこのキャラクターが、盛り上げ役に抜擢されたようです。笑顔でいても怖いと言われ悩んだこともありますが、ロマンティストで心は繊細で乙女です(笑)」
 何にでも挑戦、時々の出会いをチャンスに変えるのも自分自身と、県連への出向を機に積極的に活動に関わった。堅苦しいことが苦手、ルールに縛られたくない。そんな想いが強く、組織としての活動に躊躇したこともあったようだが、メンバーの温かさや人と人との絆を肌で感じ、次第に青年部活動にのめり込んでいった。
 交流委員会の委員長時代、家族交流会「情熱交流バラエティー~半田の田んぼでイッテQ!~」を企画。田んぼを貸し切って開催するのは初めてのことで、ケガをしないか?衛生面は大丈夫か?様々な課題を委員会のメンバーに助けられ、クリアして当日を迎えた。メンバーも子どもに負けじと楽しみ、大盛況に終わった。この経験からやりがいと達成感の醍醐味を味わい、青年部活動に情熱を注いだ。遠方の長期出張時も、会議参加のために半田に帰り、とんぼ返りをするという離れ業をやってのけた。
 「前例にないからという言葉は大嫌いで、その原因を取り除けばどんなことも可能になると確信しています。出来ない理由を並べ、何もしない選択をしてしまうことがありますが、コロナ禍という逆境下の今こそ思考や行動を止めてはいけないと考えています。そういう想いも込めスローガンは『未来への“より多く学び より多く交流し ~”考動最高の連帯感を~』です」
 昨年度コロナ禍を経験し、人と人とのつながりや思いやり、本当に大切なものが見えてきた。その想いを踏まえ、青年部創立*の意義をメンバーで再確認し、新たな一歩を踏み出す大切さを力説する。同時に半田商工会議所(親会)活動への参画を基本方針の大きな柱にした。
 そして飲みながら熱く語ることで、自身の方向性や気づきも見えてきた経験から、懇親会でのface to faceを大いに推奨する。もちろん『断らない男』として研修会・懇親会は皆勤賞もの。
 「要は入って良かったと思われるような青年部にしていくことです。僕自身、心の支えとなる人、心底相談出来る仲間と出会い、青年部に入会して人生が変わりました。先日もメンバーから、仲間に支えられ情報を共有してきたことで苦境を乗り越えてきた。青年部に入っていなかったら廃業をしていたかもしれないという言葉を聞き、改めて『絆』の大切さを実感しています。誰もが苦しい状況でしょうが、みんなと一緒に学び、交流し、連帯感を持てば未来は明るいと確信しています」


*本青年部は、次代を担う経営者及び後継者、幹部社員として研鑽をつみ、人格教養、経営能力の向上により、企業の発展をはかり、あわせて商工会議所活動への参画、協力を通じて地域経済、地域社会への繁栄に貢献することを目的とする


 「がんじがらめの校則の建築専門学校をさっさと退学し、仲間と楽しむために、アメ車を買って楽しもうと色々な仕事をしました。19歳の時、父の造園会社を手伝い僕の人生は大きく変わりました。いざやってみると、すごく心に響いたというか、草刈りの仕事であんなに清々しい気持ちになれるなんて、正直自分でも驚いたものです。今まで賃金の高さで仕事を探していた僕が、楽しさ、面白さのために仕事をし始め、色々な庭を手掛けたいという想いで26歳で庭楽を創業しました。
 破天荒な父との関係性から『信頼関係』の大切さを始めとした多くのことを学びました。その当時の僕の姿を見て多くの人が支えてくれるようになりました。中でも僕の人生のターニングポイントとなった独立直後に仕事を依頼してくれた幼なじみのお母さん、父の会社で働いていた頃から心の親方と慕っている大先輩、僕を世の中に出してくれた稲沢のデザイナーさんは、感謝してもしきれない3人です。
 今、僕はトータル空間プロデューサーとして、日本全国、時には海外で仕事をさせてもらっていますが、このご縁は稲沢のデザイナーさんからいただきました。東海テレビの『玄関最速ビフォーアフター』の出演依頼を受け、以後、仕事内容も変化し社業発展の追い風となりました。メディアに出ることで、こんなに信頼されるのかと驚き、時にはそのプレッシャーに潰されそうになりながら、我流でしたが負けまいと必死で勉強し、常にアンテナを張っています。
 今まで様々な「庭という空間」を生み出してきました。これからも一つひとつの出会いを大切に、庭好きなお客様と一緒になって、本当に価値のある空間をつくり続けること。それが僕の夢です」

榊原 亮輔氏
1980年半田市生まれ。98年愛知県立武豊高校卒業。
99年(有)知多グリーンプラン入社。2006年庭楽(株)創立。
平成22年度半田商工会議所青年部入会。交流委員会委員長などを経て令和2年度愛知県商工会議所青年部連合会副会長。令和3年度半田商工会議所青年部会長。半田市在住。 



選択肢を広げ、可能性に挑戦

2021年4月19日(月)

六光スタジオ 吉沢 やまとさん

 小学生の頃から、人生における決断をする際の選択肢を広げるために今何ができるか?と考えて行動していました。大学時代はバーテンダーのバイトをし、様々な人との出会いの中から、その道を極めている人の特異さに気がつき、特に芸術分野の方はもはや別の種類の生き物と感じました。じゃあ自分には何が出来るのか、と考えた結果、筋道を立てて論理的に考えることが好きだったこともあり、ビジネスを極めたいと。ビジネスをするにはまず営業力が不可欠と思い、日本で一番年収が高い会社で身につけようと、そこのグループ広告会社に入社しました。
 最初は全然営業も上手くいかず打ちのめされましたが2年目には年間目標を半年で達成し、3年目には経営企画にも携わるようになりました。先輩からも「もう教えることがない」と言っていただき、会社を辞めるタイミングで中高の同級生から「実家の写真屋を継がないか」と打診されました。もちろん写真が上手く撮れる訳でもなく、何でも良かったのです(笑)が、自分の力で町の写真屋を企業としてどこまで成長させられるのか確かめたかったんですね。6年前なので、大学生でも一眼レフを持っている時代、町の写真屋は斜陽産業と思い、差別化を図ることを常に考えていました。プロとアマの一番の違いは『光を創りだす』ことと考え、独学で照明の勉強をしました。すごく頑張りましたね。
 継承してすぐ、自分の世界観を表現するいわゆる写真家ではなく、お客様の利益を伸ばすための商業カメラマン・スタジオとしての道を模索し始めました。法人を対象に、前職の広告やセールスプロモーションの経験を活かし、営業活動に励みました。同時に他のフリーランスなどとチームを組んで動いていましたが、個人で出来ることには限界があると痛感し、同じように考えるチームメンバー2人と一緒に昨年11月に新たにCMYK(株)を設立しました。今はその会社の取締役です。これから南大高に新たに大きなスタジオも作り始めます。
 主な業務は企業向けプロモーション支援事業、個人向けウエディング撮影事業、学校向けスクール撮影事業の3つです。企業向け事業はちょっとしたホームページ用撮影から駅に出される広告撮影や全国の啓発ポスターまでと、現状では撮影業務が多いですが将来的にはプロモーションなら全て任せていただけるような広告会社として成長したいと思っています。東京~大阪をメインに日本全国、海外からの依頼で各地を飛び回り、日々忙しくさせていただいています。近頃では映像制作案件がとても多くなっていますね。
 知多半島地域で言うと学校関係にも力を注いでいます。例えば今年、卒業アルバムで初めての試みをしてみました。ひとり一人違う卒アルで、表紙を開くと貰った本人のポートレートと、自筆の座右の銘を掲載しているユニークなものです。こんな卒アル見たことがないと学校様・保護者様からも高評価をいただいています。
 僕は人と接する時に素直に。嘘はつかない、そしてほんの少し背伸びをしながら仕事をしてきました。背伸びの度合いが高くて、背筋が寒くなるほどヒヤッとしたことがあります(笑)。でもそういう経験は人を大きく成長させてくれると思っています。毎回、その繰り返しで少しずつ背伸びをして、少しずつ成長していると確信しています。
 芸術分野とは無縁と感じていたのですが、現実には今の仕事はビジネス観点、芸術観点の両輪でバランスが取れていて面白い世界と思っています。今はカメラを抱えながら、あれこれやっていることが多いですが、もっと上流工程から携わる仕事を増やしていきたいと考えています。早く次の世代に今の仕事を任せていきたいですね。
 自分の力・チームの力でどこまで行けるかと、いつも挑戦し走り続けています。これも安定志向の妻と2歳の娘からの支えがあるからと思っています。僕は子育てや家庭のことは基本妻に任せっぱなしです。イクメンとは程遠いですね(笑)。わがままを聞いてくれて比較的自由にやらせてくれる妻には本当に感謝です。
 小さい頃から考えていた「選択肢を広げる」ということ、僕の中では永遠のテーマです。会社の規模が大きくなれば、それに見合った考え方も出来、選択肢も広く増えてくるでしょう。置かれた土壌によって思考が制限されることも多々あるかと思いますが、そういう制限なく自分が本当にやりたいことができた時にすぐに行動できるよう、様々な面で常に準備していきたいです。

■ 所在地/半田市乙川殿町5  
■ TEL/22-6900   
■ 営業時間/9:00~22:00(完全予約制)
■ 定休日/不定休  ■ http://rokko-studio.com