半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

会員トピックス
とーくさろん

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ばんがい地の自慢料理を、笑顔で

2025年8月6日(水)

Natsuki’s Kitchen  森川 夏希さん 

興味を持っていた空港の免税店やバイク屋さんに勤めても夢中になれない‥‥。そんな状況が嫌で、いつかは『自分のやりたいことをしたい』と考えていました。ある時、知人から「ばんがい地本店(以下、お店)がキッチンカーをやる子を探してる。やらない?」という話があり、チャレンジしようと思いました。料理の知識はあまり無く、お店の手伝いをしながら、本店名物の鶏二郎などの作り方のコツを学ぶことから始めました。料理はあまり得意ではありませんでしたが、料理好きの母のDNAを受け継いだようで、今では楽しみながら色々な料理に挑戦しています。
 昨年6月からパチンコ有楽さん(東浜店・りんくう店)の駐車場で『ばんがい地 Natsuki's Kitchen』をオープンしていますが、ここでの出店も、お店のオーナーが橋渡しをしてくれました。今まで多くの方に助けられラッキーだと思うと共に感謝しています。私一人の力ではとてもこんな大きなことは出来なくて、初めての素敵な冒険にワクワクしています。
 メニューはお店の一番人気の鶏天に、お店特製の甘タレを絡めた『鶏二郎』を始め、鶏天をブラックペッパーと絡めたスパイシーな『鶏太郎』、鶏二郎の甘ダレとご飯の組み合わせがばっちりの『鶏二郎丼』、ご飯との相性が抜群の『ばんがい地からあげ丼』、『ホッドック』など揚げ物を中心とする他、スイーツ系も対応しています。ご要望に応じて販売メニューをご提案できます。イベント等でキッチンカーをお探しの方はご連絡ください!パチンコ屋さんでは昼食をその場で摂る人もいるようで、お昼時は混雑することがありますが、笑顔を忘れずに接客しています。
 最初の頃はこの生活サイクルに慣れなくて辛いと思ったこともありました。パチンコ屋さんでの営業時間は長く、お昼の12時から夜の10時まで営業しています。12時開店のため、10時半頃には現地に行き準備をし営業、帰宅後に翌日の仕込みをするスケジュールです。今までの生活スタイルとは時間も環境も全く違うため、大変だと思うこともありました。ですが、お店のオーナーを始め、有楽さんの店長やスタッフにサポートしてもらい毎日取り組んでいるため、今まで辞めたいと思ったことはありません。これから真夏となりキッチンカーの中は暑く大変な時期ですが、オーナーの期待に応えるべく本腰を入れて取り組んでいます。
 今は月半分くらいパチンコ有楽さんに出店する他、知多半島内のイベントに出店しており、名古屋市内、三河方面にも出店しました。“まずは一回出店してみよう”精神でイベントに出店して、その成果から次回以降の出店計画を練っています。まずは挑戦!を心掛けています。イベント内容、客層によって売上が凄く違ってきますね。出店場所は抽選で決まることが多いのですが、当日どんなメニューにするのかも大切だと思っています。イベントでは鶏二郎と唐揚げと生ビールにしようとか、その時々でメニューを考え販売して、当日どれだけ売れるか?そんなゲームのような感覚を楽しんでいます。キッチンカーの前に行列ができると嬉しいのですが、長くお待たせするのは辛くて、出店後、毎回反省会をしながら今後の販売に活かしています。私自身、物事を深く考えない性格だと思っていますが、どんな商品を売ったら売上が上がるのか?そういうことを考えるのは好きなので、自分のやりたいことなら頑張れるんだなと実感しています。
 今はキッチンカーに夢中になれる毎日があって楽しいです。私はこれといった趣味がなくて、何となく働いて何となく遊ぶのが嫌で、人生の楽しみって何かなとずっと考えていました。毎日の刺激になるようなことが無いと、つまらない人生になってしまうと考えていた時にキッチンカーの話をいただき、チャンスをだと思いました。今は日々の生活もダラダラすることはなく、休みの日も何となく遅くまで寝いるということは無くなりました。何も無い休みより、何かすることがある休日の方が全然いいです。
今のうちにたくさん働き、海外旅行に行ったり欲しいものを買ったり、飲食関係以外の分野(美容関係・webデザイナー)にも挑戦できたらいいなと思っています。
 どこに出かけても「ここでキッチンカーで出店できるかな」などと考えたり、どこかでキッチンカーを見かけたら、興味を持って見てしまいます。今までとは視点が変わり、目標が出来たのでイキイキワクワクしています。新しい出店場所、販売方法など色々な課題はありますが、目下のちょっとした心配は、仕事のスタート時に行う唐揚げの味見です。毎日行うため、太ってしまうかな?と、そんなことも気になるお年頃です(笑)。



そろばんを学びながら、育つ場所の提供

2025年7月7日(月)

河井速算塾  河井 美香さん

 家の片隅に母が教えている、そろばん教室があり『そろばん』は身近なものでしたが、それは母の仕事で私と関係ないものと思っていました。大学卒業後はOLをし、その後、結婚式などの司会の仕事に就きました。司会者として、多くのお客様のお話を伺っていくうちに、私の知らない世界や生き方が沢山あることに驚き、私自身『こうでなければいけない』という考え方に縛られていたと、幸せになれる道は人それぞれにあるんだ』と、生き方に対する視野が広がりました。また色々なものを見聞きし多くの方たちと接しているうちに、人の良心を育てるものはなんだろうと考えるようになり、それはやはり教育ではないか?私も人が育つ場所で仕事をしてみたいと考えるようになりました。
 でも何をしたらよいのかさっぱり分からないので、私はどこで育ったんだろうと思い返したところ、本が好きでよく入り浸っていた図書館だと思ったんですね。ちょうどその時、図書館司書の資格を取ったという人の話を聞き、大学に集中講座を受けに行きました。その中に『これからの学校に求める姿を、ファンタジーでも良いから書きなさい』というレポート課題があったんです。浮かんできたのは、私が母の教室を手伝っている時に相対していた子どもたちの姿でした。それで「すぐ隣にそろばん教室がある」と気づいたんです(笑)。母に「そろばんを仕事にしようと思うんだけど」と告げたら、とても驚いていました。私と一緒で、母も娘の仕事ではないと思っていたようです(笑)。
 今は河井先生(母)が青山教室、私が成岩教室を運営しています。昔ながらの寺子屋式のそろばん教室で、幼児から高校生までが在籍し一緒に学んでいます。異なる年齢の子どもたちが同じ空間にいて、ある子は暗算、ある子は割り算、初歩を習っている子もいれば、高段位を目指して練習している子もいて、その姿が自然にお互いの目に入ってくるような環境を大事にしたいので、あえてクラス分けをしないと決めています。生徒たちは珠算・暗算の検定試験、各種コンクール、読上算(暗算・英語読上算)、パソコンを使ったフラッシュ暗算などに取り組んでいます。テキストを自分で選んだり、読上算の練習の時には挑戦したい問題をリクエストして解いたりなど、生徒が「自分で決める」ということも大事にしています。5桁のみとり算を練習している子が「16桁の読上算をゆっくり読んで!」とか、段を練習している子が「一桁を円也なしで超超早く読んで!」とか、こちらが思いもつかないリクエストに驚きながら応えていると、子どもたち同士も影響しあって教室全体が飛躍するような経験も少なくありません。また、お迎えまでのちょっとした時間に、絵を描いたり折り紙を折ったり、積み木で遊んだり、ということもよくあります。最近ではそろばんイラストコンテストに応募するイラストを描く姿がよく見られましたね。無秩序ではいけないと思いますが、子どもたちが自由に発言したり発想できるような空気を作ることは心がけています。教室がそろばん学習の場であることはもちろんですが、人が育つ場を提供しているという側面も大事にしています。
 日珠連(日本珠算連盟)と全珠連(全国珠算教育連盟)に加盟しているのも育ちへの応援の一つです。日珠連の検定試験は掛け算、割り算、みとり算などを制限時間30分間で計算し、集中力・体力が求められます。それに対して全珠連は6~7種目を7分ずつ区切って計算するので、切り替える力が必要となってきます。得手不得手があるので、一つの選択肢ではしんどくなる子もいるため「2つあるけれど、どっちをやりたい?」と相談して、その子が手を伸ばした方を進めています。
 実はそろばんを教え始めた頃は、私の勉強不足や経験不足もあって子どもたちの行動や態度に悩むことも多く、『これは怒らないようになるための修行だ』と自分に言い聞かせていました。司会者時代に幸せになれる道は人それぞれと感じたように、私の見解に子どもたちを縛ってはいけないと反省することも多かったです。子どもたちは自分の道を拓いていく力を持っていると感じています。ただ、今は小さいので経験が浅くバランスが取れない時期で、そこをサポートしていくのが私たち大人の役目だと
感じています。時には「世の中にはこういうことはあってね」とルールや常識とされることなどは伝えていますが、「これは私の考えだけどね」とか「他の人の考えも聴いてみるといいよ」など、決めつけずに余地を残す言葉を添えるようにもしています。今は、「根気ありますね」とか「忍耐強いですね」と言われることもありますが、かつての修行が実を結んだのでしょう(笑)、そうであれば嬉しく思います。
 面白いことに、母と同じ仕事をしてからの方が親子関係は良好なような気がしています。小学時代から音楽の道に進ませたいと私はピアノ三昧の毎日で、いわゆる母娘の確執のようなものもあったのですが、今は仕事を任せられるパートナーであり、互いにリスペクトできる関係で、母にとって、私は『美香先生』になりました。かつてはやらされ感満載でピアノに向き合っていましたが、ピアノとそろばんは使っている脳がとても似ています。生徒の状態を把握しやすいのも、ピアノをやっていたからだと感じて
います。ここまで辿り着くのに、色んなことをしてきましたが、無駄なことはひとつもなかったと感じています。どんな時にも側に居続けてくれた母に感謝しています。


■《青山教室》半田市青山3-22-23 TEL:0569-23-0247
 《成岩教室》半田市仲田町1-35カーサエスペランサ401 TEL:090-3442-6186



ふだんのくらしのしあわせ

2025年6月6日(金)

ボランティア地域ささえあいセンターセンター長 松本 涼子さん


 社会福祉協議会(以下:社協)は社会福祉法に基づき、全市町村に独立した形で組織されている社会福祉法人です。昭和28年発足の半田市社協は総務グループ、権利擁護グループ、ボランティア地域ささえあいセンター、半田市障がい者相談支援センター、半田市包括支援センターで構成され、この4月からは77名のスタッフでスタートしました。
 社協は『相談』のイメージが強いですが、例えば就労を希望する障がいをお持ちの方と企業をつないだり、発災時には災害ボランティアセンターの役割を担いますので、日頃から災害時の備えを一緒に考えていくなど、半田市にお住まいの方の困りごとなどのご相談をお受けするだけではなく、企業の社会貢献活動もお手伝いもさせていただいています。
 半田にお住まいの全ての方のふだん(毎日)のくらし(生活)がしあわせ(笑顔)であるように、地域の方や地域で活動している方々と一緒に考え、一緒に行動します。地域での集まりや行事に出向き、「情報交換の場所がほしい」「お茶を飲みながら、おしゃべり出来る所があれば嬉しい」などの声をお聞きし、地域のみなさまの『あったらいいな!』を応援する、それが私たちの仕事です。ゼロから形を作り出すことを目標とし、「気づき」「動く」ことの出来る担い手の育成も目指しています。
 「ふくし」は特定の誰かだけのものではなく、身近なものであり自分ごととして捉えていただきたいのですが、その仕組み作りは難しい点が多くあります。子ども時代から「ふ・く・し」を知っていたら、将来地域や周りに暮らす人に目を向けるきっかけになるのではと期待し、市内小学校で「ふ・く・し」の授業のお手伝いをしています。昨年は市内の全保育園・幼稚園でご当地ヒーロー『はんだまちヒーローズ』の協力を得てヒーローショーによる「ふくし共育」を実施し、より小さいころから「ふ・く・し」を知る機会をつくりました。
 私はボランティア地域ささえあいセンターで生活支援コーディネーターという仕事をしています。生活支援コーディネーターとは、『地域ささえあい推進員』ともいわれて、高齢者を含むすべての人が、住み慣れた地域で安心して暮らしていけるよう
に、生活支援や介護予防の体制づくりを進めることが役割です。中学校区ごとにひとりずつ配置されており、私は乙川中学校区を担当しています。「知っている顔だと相談しやすいよね」と、チラシに顔写真を載せてPRしています。勢いでそうなってしまったのですが(笑)、後で周りから「個人情報は大丈夫なの?」と心配されました。自治区に依頼をし、回覧板にも私の顔写真のついたチラシが貼ってあるので、先日、公民館のパン教室に参加した時に「あんたの顔見たよ!」と言っていただけたり、知らない方からも「松本さん」とか「涼子さん」と呼んでいただけるので、少しは皆さんの身近になれているのかな、と嬉しくなります。
 社協は皆さんからのご相談にそれぞれのグループ、センターが連携し総合的に対応します。『私の仕事』ではなく、『私たちの仕事』です。チームで考え、全員でカバーし合いながら取り組み、半田市の行政計画である『半田市地域福祉計画』の基本理念『誰もが自分らしく生きられるまち“はんだ”』の実現を目指しています。
 コンピュータ会社の営業員だった私は、結婚を機に半田市民となりました。一人で何かしているのが好きで引きこもりタイプですが、娘のためにお友達を作ろうと重い腰をヨイショと上げて、市が主催する乳幼児学級に入ったのが社協とのご縁ができるきっかけでした。乳幼児学級は母親が子育ての勉強中に、託児ボランティアさんが子どものお世話をしてくださっていて「子どもを預けて自分の時間が作れるなんて凄い!」と感激して、私にもお手伝いできるかもしれないと、ボランティアに目を向けました。まちづくりのために乳母車でまちを歩いてと言われれば子どもとお出かけし、私も子どもも知り合いが少しずつ増えていきました。そうしているうちに「社協でお手伝いをして」と声をかけられ、パートとして働くことになりました。仕事を始めた当初、主人から「仕事が趣味だね」と言われ、よっぽど楽しそうに働いていたのでしょうね(笑)。社協は自分がやってみたいこと
を実現しやすい組織ですので、頑張りがいもあります。
 コロナ禍で、生活に困窮する方々を「食べ物で支援を」、と取り組むこととなった『フードドライブ』は、会議所の女性会さんが社会貢献活動の一環として事業に取り入れてくださったことで、市民のみなさまに広く認知されたと感じています。女性会さんが主催したフードドライブ事業でも、はんだまちヒーローズの力を借りてショーを行いました。これまで私たちがPRしても届かなかった場所にまで女性会メンバーの想いやお力で届けていただき、社協には毎月協力いただける地域の方、事業所さんからの品々が届いています。感謝しかありません。私も一メンバーとしてお手伝いしながら、メンバーのパワーに驚き、ついていくのが精一杯です。
 これからも色々な場面で地域づくりを共に考え、『あったらいいな!』を地域にお住まいの方たちと一緒に作っていけたらと思っています。

■ 半田市雁宿町1-22-1 瀧上工業雁宿ホール内  ■TEL/0569-25-0002



超一流料理人の日本料理とうなぎを提供

2025年5月2日(金)

㈱バンショー 今津 昭さん

 人との出会いが新規事業への参入や、自社の発展に繋がることが多く、トーエイ㈱の関連会社(㈱バンショー)運営の『万笑庵』犬も大相撲の井筒親方(元関脇逆鉾)とのご縁から始まりました。ひょんなことから東浦に来られた親方に一目惚れされ(笑)、親交を深めていた25年ほど前に「夏場所での宿舎はないだろか?」と相談を受けました。ロータリークラブのメンバーである乾坤院の住職にその話をしたら「うちを使って」と快諾を得ました。とは言え相撲部屋を迎える施設は整っておらず、町民の皆さんの力もお借りし土俵を作り、部屋を整え、後援会を立ち上げました。そして、広く町民に井筒部屋を応援していただきたいと、力士と触れ合える『ちゃんこ会』を企画しました。力士が作るちゃんこ鍋は連日大盛況で売切状態、力士は近くの店のハンバーガーを食べる始末でした(笑)。ある日、親方から「ハンバーガーでは屈強な体が作れない。皆さんが他でちゃんこ鍋を食べられる所はないのか?」と尋ねられ、1年くらいかけて探した店舗が今の『万笑庵』でした。空き店舗だった部屋を修繕、増築し、『ちゃんこ会』を開いていましたが、2009年に一般のお客さまをお迎えする『万笑庵』犬としてオープンしました。
 料理好きな社員を井筒3兄弟の長男、元十両鶴嶺山のちゃんこ料理店に送り、井筒部屋の秘伝の味を学んできました。『万笑 庵』として店を構えた時から井筒部屋直伝の味は、京都で包丁を握り腕に定評のある日本料理の板前が、技とセンスとプライドをさりげなく忍ばせた『塩ちゃんこ』として、多くのお客様を魅了してきました。12年ほど前にうなぎ職人も加わり、『超一流料理人が作る日本料理とうなぎが食べられる店』として、名古屋・東京からもお客様が来店されています。また、私が育て漬けた沢庵の糠漬けも父直伝の味で、美味しいと評判です。
店名は私の父の名前『坂衛』と私の『昭』を音読みし、『万笑』という漢字を当てはめており、懇意にしていた100歳を迎える1日前に亡くなった方が書かれた書です。「“笑”の下がわざと犬になっている。この文字を見て笑いの絶えない店にしたらどうか」と言われましたが、墨汁が違う所に垂れてしまったようです(笑)。今もその方の顔が浮かんできます。本当に可愛がっていただきました。また、井筒親方が亡き後も、私と相撲とのご縁は途切れることなく、今は井筒部屋の流れを汲む『音羽山部屋名古屋後援会長』として大相撲を応援しています。店内には親方との思い出の品や大相撲にまつわる品々を展示しています。ぜひご覧ください。 

半田青年会議所理事、PTA会長、東浦町商工会青年部長を掛け持ちしていた時には「仕事を疎かにしている」と父に叱られていましたが(笑)、今は東浦町観光協会の会長を務め、そのご縁で様々な方と出会い、貴重な経験をさせていただいています。東浦は徳川家康の生母『於大の方』が生まれ育った土地で、『於大まつり』が一大イベントとなっています。その祭りの一環『於大行列』は、於大姫と侍女や鎧を着た武将たちが八重桜の咲く『於大のみち』を練り歩きます。『東浦町商工会手づくりよろいの会』の皆さんと一緒に作った鎧をつけ、侍大将『水野信元』として行列を引率していましたが、会長の今は鎧は着られず歩くだけで、残念です(笑)。
 また、地元の名所、旧跡等を学ぶために児童が作ったかるたで、小学生参加の『東浦かるた大会』は今年で20回目を迎えました。成長し読み手となった子どもたちや、かるたが縁で地元に帰ってくるお子さんもいらっしゃるようです。とても嬉しいことです。東浦町にある会社での生活が大半ですが、実は半田市の住人です。今、友人の画家や印刷会社の会長に協力いただき、半田の偉人や有名人、伝統文化等を紹介する『有脇かるた』を作っていて、完成を楽しみにしています。
 両親が働き、三人兄弟の長男として生まれた私は家事や弟たちの面倒を見るのは当たり前と幼少の頃から考えていて、働くことに何の抵抗も感じていません。今も早朝から動き、毎日10人位の方とお会いしています。車の運転も好きで、この間は富山まで行ってきました。いつも着替える暇もないほど忙しくて、人と会う時も漬物を漬ける時も同じ服装ということもあります。スーツの袖口に糠がついていることも(笑)。
トーエイ㈱は私が社長の時の1995年、パナソニックが全国3000市区町村の中から、19箇所に家電再商品化工場を設置する際に日頃か らの営業努力を積み重ねた結果、指名を頂くことができました。家電は埋 める、燃やして処理をする時代の中で逸早くリサイクルに舵を切ったこ
と、当時のパナソニック副社長との出会いも一因と感謝しています。それにより、リサイクル会社としての地位を確立したと言っても過言でなく、多くの方にお世話になってきました。
私はいつも人との出会いを大切にし、その瞬間に心底その方と親しくなることを心掛け、自然に新しい付き合いも増えています。好奇心の塊の私はこれからも働き続け、動き続けます。どんな方と出会い、どんな刺激をいただけるのか、とても楽しみです。これからも声を掛けてくださる方がいれば、自分の出来ることをやっていこうと考えています。それで皆さんに喜んでいただき、地域と共に歩んでいきたいと思っています。


■知多郡阿久比町大字板山東台22 
■TEL/0569-48-8889  
■営業時間/11:30~14:00 (ラストオーダー13:30) 17:00~21:00(ラストオーダー20:30)万 庵HP
■定休日/木曜日、水曜日夜の部※ただし水曜日の夜は、会席のご予約(10名様以上)のみ営業。



20年の歩み、愛と感謝を未来につなげよう!

2025年4月3日(木)

酒井 元子さん 令和7年度女性会会長 知多印刷株式会社

女性会設立20周年という節目の年に会長の重積をお受けすることにしました。「私で良いのか?」と悩みましたが、会員の皆様に助けていただきながら、この1年頑張って行きたいと思います。皆様、宜しくお願いします。 女性会に入会して10年、日々の活動に女性ならではの力を発揮される姿を拝見するうちに、私も刺激を受け楽しみながら活動しています。いろんな事業で皆様の力に感動をいただいてきました。今まで気にかけながらご縁のなかった、子ども食堂やフードドライブでは底知れない力を持つ皆様が集結すると最強のパワーとなり、大きな事業となると改めて感じ、感慨深いものがありました。また、入会前は家と会社との往復で限られたお友達との交流でしたが、女性会で様々な職種の方とお会いでき、お知り合いも増えました。家業で経理を担当する私はお客様と『顔の見えない関係』で、直接お礼が言えないことに歯がゆさを感じていました。入会後は活動等を通じて、お客様に感謝の気持ちを直接お伝えする機会も出来、入会して本当に良かったと思っています。これからも多くの方との出会いを楽しみにしています。 
 この4月から10年に一度の大事業である20周年事業を展開します。女性会の立ち上げ、育んでこられた先輩方の活動や想いをリスペ
クトし、スローガンは『20年の歩み、愛と感謝を未来につなげよう!」としました。女性会の未来を始め、子ども支援、半田市の活性化、住みやすい街、出会い、交流の場を作り未来の人口増加へ繋げるなど、明るい未来を想像し、いろんな事業展開をしていきたいと思っています。また、通常、3委員会が独自で多彩な事業を主催してきましたが、本年度事業は合同事業として会員一丸となって開催します。メンバーが張り切って企画中です。楽しみにしていてください。 
 女性会の活動は家業あってのもので、私も仕事と女性会活動の配分に悩んだこともありました。ついつい楽しい活動に目が向き、女性会に注力しがちな気持ちにブレーキをかけた時もありました(笑)。昭和4年『酒井印刷所』を設立した弊社は、平成11年地域情報誌『Step』の発刊以来、知多半島のお店や企業の応援を目標にしてきました。そのノウハウを活かし地域創生を目的とした『ココジモプロジェクト』『オリーブプロジェクト』『動画マーケティング(ちたたびTik tok)』を展開しています。
昨年1年間は新事業(就労継続支援A型事業所『サイラス』)の立ち上げに関わり、こちらの準備に注力しました。制度の勉強から始め、書類の山に囲まれながら、同業者さんに情報をいただき、昨年11月にようやくオープンすることができました。12月には見学や体験希望者が知多半島各地から来られ、働く場所を求めている障がいをお持ちの方が沢山いらっしゃることに驚きました。個々の能力やニーズに合わせた就労支援や訓練を提供し、仕事に必要なスキルを身につけ、その方の目標に合わせた社会復帰を応援します。一言で障がいと言っても、お一人おひとり性質は様々で、多様な仕事が求められます。そこにはグループ会社からの仕事を請け負ったり、地域の企業様からお仕事をいただけたり、これまでの出会いに感謝しております。全国には働きたいけど働く場所がない障がいをお持ちの方が、960万人いらっしゃるとお聞きしています。その方たちのお力になりたいと思います。
 『Step』がご縁で、素敵な出会いもありました。「知多半島をオリーブ半島にしたい」という情熱に感銘を受け、『オリーブプロジュエクト』に着手し、昨秋で2回目の搾油を終えました。知多半島産100%のオリーブオイルを生産するためのオリーブ栽培農家を増やし、地域活性化のお手伝いができればと思っています。今、弊社も400坪の畑地にオリーブの苗を植える準備をしています。秋までに植え終えてどんどん新しい畑も開拓したいと考えています。 
高校の同級生でもある主人はチャレンジャーです。初代が印刷所を設立する前はカブトビール瓶のこもづくり、半田港が活況を極めた時は海で働く沖中士のために一文菓子屋を商っていたと聞いています。主人もまた、時代の流れに敏感で要請に応えています。その動きに、時にはハラハラドキドキすることもありますが(笑)、私もその波に乗って楽しんでいます。これからどんなことが起き、どんな出会いがあるのか?ワクワクしています。 
 弊社のモットーである『人をつなぎ、地域をつなぎ、時代をtsunag』ために、お役に立ちたいとっています。

■半田市栄町3ー123 ■TEL.21-2051