半田商工会議所 THE HANDA CHAMBER OF COMMERCE & INDUSTRY

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そろばんを通して、子どもが育つ塾

2020年2月28日(金)

河井速算塾

「読み・書き・そろばん」といった言葉があるように、昔から子どもの習い事の定番だったそろばん。大人になった今でも、計算をする時は頭の中にそろばんが浮かぶ人も多いのではないでしょうか。習い事の選択肢が幅広くなった現在でも、昔ながらの寺子屋式で指導を行うそろばん塾が半田にもあります。青山駅前の通り沿いから一本入った場所にある河井速算塾は、この地で約40年に渡り数多くの子どもたちにそろばんを教えてきました。

代表の河井清美さんは、当所が事務局を務める日本珠算連盟半田支部の事業にも役員として意欲的に参画しており、珠算の検定試験と競技大会が主であった中で「子どもたちが輝ける舞台がもっとあっても良い」と考え、あんざんコンクール半田地区大会の開催などにも尽力されています。
個人で塾経営を始めた当時は、そろばん以外に英語指導も行っており夜遅くまで授業をしていたそうですが、一人で切り盛りする中で自身のお子さんとの時間が取りづらくなったため、当時は18時半で終了していたそろばん指導に専念するようになりました。清美先生の生徒のモチベーションを引き上げる指導方法で、これまでチラシ折込などの大きな販促をすること無く、クチコミの広がりによる入塾で経営を続けてきたというから驚きです。

現在は数名の先生にも手伝ってもらっており、中でも娘の美香さんは、大学卒業後に上場企業に入社するも自分らしく働ける場所を求め転職。司会業などを経て、現在は清美先生の下で塾経営に携わっています。美香先生は、「幼児から中学生まで異なる年齢の子どもたちがそろばんの習得という共通の目的を持って同じ空間でそれぞれの稽古に励む。すると自分の修練を大切にしながらも上級生が下級生の面倒を見たり、小さな子たちが周りと協力することを覚えたり、自ずと人間的にも成長していく」と言います。塾を卒業した後にも、高校や大学入学、就職などの節目に報告に来る生徒もいるそうです。

清美先生が常に試行錯誤しながら走り続けてきた40年の中で、美香先生をはじめ複数の先生の視点や考え方を取り入れることで指導法の幅が広がり、今が最も楽しく充実した仕事ができているそうです。そこで今後の展望をお伺いすると、「遠い将来のことはあえて見据えず、今在籍しているダイヤの原石のような子どもたちをどのように磨いていくか、誰ひとり脱落させずにそろばんを通して成長を促すことを頑張るだけ」とのことでした。

未来ある生徒から先生自身がエネルギーを受け取り、そろばんの知識と技術だけでなく人間的成長も与える。そんな好循環を生み出し続ける河井速算塾が、半田の教育の一端を間違いなく支えてきたと感じました。
(取材:齋田哲資)

所在地/半田市青山3-22-23
代表者名/河井清美
TEL/23-0247
所在地:
代表者:
TEL:(0569)-
定休日:
営業時間:時〜時、時〜時(オーダーストップ)



美味しい「いちごと笑顔」をお届け

2020年2月28日(金)

市野園芸 市野敦紳さん

農家で育った僕は、「祖母が米や野菜、苺を作り、それをリアカーに乗せ、朝市に出していた」という事を何度も聞かされて育った少年でした。それから数年後『市野園芸』として、いちご狩りが始まったのは平成4年、今まで知多半島でいちご狩りをされていた南知多グリーンバレイに「このままでは、お客さまが他所に移ってしまうので、やらないか」と勧められたのがきっかけでした。それを機に社長の父がいちご狩り農園へとシフトさせました。当初は面積も広いわけではなく(現在6000坪、ビニールハウス10棟、駐車場:普通車100台、大型バス4台)、予約を受けるために、電話線を引くことから始めたそうです。始めの3年は今みたいにインターネットのようなものも無く、お客さまも少なかったそうです。それでも小学5年生だった僕の感覚では、いちご狩りというものに人が来る事に驚いたものです。そして、平成7年〜10年にかけて南知多でいちご狩り農園が増え始め、又その頃から高設栽培が始まりました。
 大学を卒業する時、就職難もあり、父に勧められ家業に入りました。朝はいちご摘み(販売用)から始まり、忙しい毎日を過ごしています。いちご狩りシーズンは12月〜5月ですが、3月に親株を植え、5〜7月は苗の栽培・管理、9月中旬から植え付けと息つく暇もなく、年中いちごと向き合っています。
12年くらい前から元旦営業を始め、シーズン中は無休です。年末年始の営業も始めの頃は「やらない方がいいのかも」と思ってしまう程、お客さまも少なかったです。それでも続けていくことで次第に知れ渡るようになり、今では沢山のお客さまにご利用頂いています。そのおかげで、ここ数年はゆっくりお正月を過ごすことはありません(笑)。セントレアから車で10分ほどの利便性もあってか、海外からのお越しも珍しくありません。ポケトークが活躍しています(笑)。愛知県内、県外からのお客さまも多く、知多半島は現在20件以上のいちご狩り施設があるため、いちご狩りのスポットとして定着しつつあると感じています。
 甘くて美味しく安全ないちごを提供したい、その思いを持ったいちご農家たちが集まる研究会にも積極的に参加することにしています。栽培に詳しい人の生の声は共感する事も多く勉強になります。また、商工会議所青年部に入り、異業種の方々との出会いや繋がりで、本当に貴重な経験をさせてもらっているなと実感しています。近年販売を開始した生いちごシャーベットがまさにそうで、青年部員とのつながりで生まれた商品です。このシャーベットは評判を呼び、レジャー施設などからも要請を頂き、販売を開始させています。また、再来年を目指し、イベント時にキッチンカーでいちご屋が提供するいちご商品の販売を計画中です。通常は裏方でお客さまと会話をすることはあまりありませんが、時折の接客で各地から見える方々の話をお聞きするのは興味深いものです。外に出て行って、色々な人と出会えるのを楽しみにしています。そして冷凍庫を設置してフルシーズンで美味しい、いちごを味わっていただけるようなシステムを作っていきたいと考えています。
今までもこれからも、やはり一番の天敵は天候不順です。昨年末は気温が不安定でいちごの成長が遅く、お客さまに大変ご迷惑をおかけすることとなりました。台風対策は講じることは可能ですが、この天候不順はここ最近の悩みのタネです。
 小さい頃は遊び場だったいちご畑、いちごを仕事として13年。今ではいちごの顔を見れば美味しさがわかります。オリジナリティーを持った農園も増えてきています。お客さまも、ずっとリピートしてくれるとは思っていません。が、数年経って戻ってきて頂いた時「やっぱりここの苺は美味しいね」と言って頂けるように、丁寧にいちごを作っていきたいと思います。そんな僕ですが、苺を食べるのは1年に1個くらい。カワイイいちごのお世話係りに徹しています(笑)。

市野敦紳さん
半田市生まれ、在住  
趣味:スポーツ観戦、キャンプ、まだまだ長く楽しめるもの探し中

■所在地/半田市田代町156−1  ■TEL/27−7586  http//www.ichino-15.com   
■営業時間/9:00〜15:30  ■定休日/年中無休  ■完全予約制(いちご販売は随時)




地元の材木屋さんのお店で2月29日(土)に桃の節句イベントを開催!

2020年2月19日(水)

木の香運河店((株)ティエムアイコーポレーション)

2/29(土)に、木の香運河店にてイベントを開催いたします。
時間:10:00〜16:00
場所:木の雑貨・家具のお店 木の香 −運河店−
 
◆木の香 −運河店−
創業90年の町の材木屋さんが始めた木の雑貨と家具のお店です。
テーブル、ついたて、サイドボードなどの家具、各地の銘木を使用した民芸品、手作りの生活雑貨まで幅広くそろえています。
お店は半田運河沿いに位置するため、アクセスにも便利です。


【家具・ほっこり木工雑貨】
・ほっこりする日本の伝統家具
・テーブル・座卓・カウンター向けの迫力のある一枚板展示販売。
・小物制作、DIYをされている方向けに、銘木端材コーナーもあります。
・作家さんの作るかわいい木工雑貨も是非手にとってご覧ください。

【桃の節句ワークショップ】
〜お好きな和紙を選んで、壁面をお洒落に演出する和紙パネルを作ってみませんか?〜
・時間 ?10:30〜 ?13:30〜
・参加費 1,500円〜/個
・先着 各回5名

〜鉋で削って、お子さまでも簡単に自分の手に合った箸作りが楽しめます。〜
・時間 随時
・参加費 500円/膳

【その他】
リフォーム大相談会開催!
〜内容〜
・調理実演&ガス衣類乾燥機実演・相談会
・「水素水」実演・セミナー
・表具(ふすま)コーナー
・包丁研ぎ(無料)
・薪ストーブでほくほく焼き芋販売

お問合せ
(株)ティエムアイコーポレーション
MADOショップ 半田中央店
半田市柊町3-5-15
TEL 0569-24-7717



全ての人を幸せに!

2020年2月3日(月)

NTT西日本 東海本部 ビジネス営業部 ビジネスパートナー営業部門長 大西 壮氏

世界のホームラン王、王貞治氏に憧れ「子供たちに夢を与える野球選手になりたい」と高校卒業まで野球中心の毎日。法政大学に入学し硬式野球部に入部。甲子園で活躍した名だたる選手たちと共にプレーする機会を得た。しかし、夢へのステップを駆け上がろうとした矢先、肩の怪我によりその道は儚くも絶たれた。
 「失意の中で支えとなったのが『電話』でした。一人暮らしが始まったばかりの東京は心細く、郷里の友達に電話し続けました。請求金額に驚き『もっと気軽に使える電話にしたい』『沢山の人の役に立つため顧客数の多い企業に就職したい』とNTTを志望。怪我の後に所属した軟式野球部の先輩からの導きもあり入社りし、営業からスタートしました」
 後、NTT研修センターにおけるJICA(国際協力機構)海外研修員の受け入れ業務、NTT西日本本社での企画業務等、様々な部署で幅広い業務に携わり、2017年に東海事業本部に新設された、パートナー企業とのアライアンスを推進するビジネスパートナー営業部門の長として着任。入社して27年、通信は固定電話からインターネットへと激変したが、同時に自らも日を追うごと、役職に就くごとに、その姿、言動は変化し続けている。営業職として各戸の扉を叩いて回った新人時代、インターホンを押すことをためらい、消え入りそうな声で対応していた。研修センターでは、各国代表の研修員との英語での対応に苦慮し冷や汗を流したという。
 「僕は元来内気で人見知りタイプ。身内からは絶対営業には向かないと心配されました。いつの頃からか役をいただくとスイッチが入るというか、成りきることができるようになりました。今も目一杯気張ってその役を演じています(笑)」
 同部門は、パートナー企業との各種提携により、情報機器・ネットワークサービス・クラウドサービス等を組み合わせたソリューションを提供し、お客さまである中小企業の経営課題を解決へと導くよう取り組んでいる。パートナー企業との関わりは、異文化との出会いでもあり、相互のコミュニケーションや信頼が不可欠。日々、課題は山積されるが『大変なのが普通。大変だから任命されたと解釈している』と前向きに真摯に取り組む。パートナー企業との対応を中心に東海4県を飛び回る日々だが、『大阪本社勤務時代に西日本全域を対象としていた時と比べれば、行動範囲は狭い』と、今日は静岡、明日は三重とフットワークも軽い。
 「当社は通信インフラを支える企業として社会貢献してきました。時代の変化を再認識した上で、今後は社会を取り巻く様々な課題を先頭に立ってICTの力で解決していく『ソーシャルICTパイオニア』を目指して変革を続けています。その自負を持ち、パートナー企業と共にもっと沢山のお客さまに貢献していきたい。NTTだけでは解決できないお客さまの課題もパートナー企業と連携すれば解決できると思っています」
 お客さまやパートナー企業との対応だけでなく、自部門社員40名の統率も重要な仕事である。社員が健康であることが大前提。安心して働けるよう職場環境の改善等に配慮し、経営方針等をわかりやすく伝え方向性を合わせるよう努力している。
 「入社研修時の目標を掲げる場面で好きな歌のワンフレーズ『最後は僕が笑う』と書きました。苦労しても多くのお客様に貢献し沢山の方を幸せにできたら、『頑張って良かった』と笑うことができます。まだ成長過程の僕なので(笑)これからも人を幸せにするチャンスは沢山あります。最後は『NTTに入って良かった』と笑いたい、それが今の僕の夢です」
 野球少年だった頃から、社会の役に立ちたいという想いを持ち続けた。大人になった今も誰かがハッピーになれば嬉しい。その熱い想いは変わらない。 



物心ついて以降、野球から長く遠ざかったことはなく、今もプロ・アマの枠を超えて出身校別にOBチームを結成し戦う夢の舞台『マスターズ甲子園』出場に向けて挑戦しています。試合で痛めた両膝を昨年手術。来る3月の県予選に向け完全復帰でピッチャーマウンドに戻ることを目指しています。10年後は「130kmを投げる還暦おじさん」が目標です。
 野球は3割打ってようやく一流ですが、「仕事の新企画は打率1割でもOK!」と社員に伝え、「まずはバッターボックスに立ってバット振ってこい!」とチャレンジを後押ししています。失敗から学ぶことも沢山あります。若い人はもちろん、誰もが可能性を秘めています。仲間を信じ、自分らしい人生を送ってほしいと願っています。

おおにし・つよし
1970年三重県多気郡生まれ。93年法政大学法学部卒業。同年日本電信電話(株)(現NTTNTT西日本)入社。刈谷支店、NTT研修センター勤務、本社勤務を経て、2017年現職。三重県在住。当所議員。





今までも、これからも〜酒菜♪魚菜♪酒菜♪〜

2020年2月3日(月)

食の蔵 酒菜

名鉄青山駅から東へ徒歩5分、JR東成岩駅からは西へ徒歩5分。両駅から近い立地にある「食の蔵 酒菜」。一見、隠れ家の要素を感じる店の佇まい。その店内では、大将の久松宏行氏が、厨房で腕を振るい、来店客に舌鼓を打たせる。この「食の蔵 酒菜」、実は、市内で四半世紀の歴史がある。今回はそんな歴史を紐解きながら紹介したいと思う。
 初代「酒菜」は、大将のご両親が、酒が好き、料理が好きという理由から、青山駅すぐ東に、平成6年に開店。その後、場所を青山駅西側に移転し、「魚菜」と名称変更。この頃、宏行氏は「魚菜」で料理長を務めていた。料理長になるまでは、様々な店舗(居酒屋や割烹料理店等)で修業し、調理のいろは、人との縁の大切さを叩き込まれた。そんな宏行氏に最初の転機が訪れたのは、今から5年ほど前。独立創業も考えていた際に、両親から背中を押され、現在地に「食の蔵 酒菜」として開業。一国一城の主となった。両親は独立を決めた宏行氏のために、「魚菜」を閉店、「食の蔵 酒菜」をこれからの店とした。
 独立創業した宏行氏。地元の繋がりや「魚菜」の常連客も継続リピーターとなり、順調に軌道に乗っていった。かのようにも見えたが、やはり最初はご祝儀での来店客も多かった。旬の食材を使った料理を楽しんでもらうため、魚介類、肉、野菜等を自らの足で、毎日仕入れにいき、自信をもって提供するも、客足は上げどまりとなった。
 そんな状況の救世主は、半田商工会議所の経営指導員!と言いたいところだが、地元の先輩でもある半田商工会議所青年部(以下:青年部)メンバーだった。開業当初、一人で店を切り盛りするため、会合にも出られないだろうし、まず経営基盤を固めることが先決と思い、青年部への入会は少し時期を置いた方がいいかもしれない、と筆者も宏行氏も思っていた。が、そこはさすがに地元の先輩、有無を言わさぬ勢いで入会メリットなどを説明し、「会合に出られない日は、俺らが店に来てやる!!」という決め台詞もあり、宏行氏は、半田商工会議所青年部のメンバーとなった。
 青年部加入後は、メンバーが会合後に来店することも増え、それと共に、宏行氏も経営者として時間調整を巧みにこなし、会合や事業などに積極参加するようになった。相乗効果で、青年部加入後は売上も以前より好調となった。修業の際に教えられた「人との縁の大切さ」を宏行氏は、ここで身に染みて感じることとなる。また、青年部事業で、店を空ける際、頼りとなるのは、実母の存在。初期の「酒菜」や「魚菜」で人気を博し、あの頃と変わらぬ味の玉子焼などを提供し、息子であり大将である宏行氏を助けるゴッド母ちゃんである。親子鷹での提供料理も楽しめる、飲み放題付の宴会コースは4,500円(11品)からご用意され、これからの時期、会社の歓送迎会などにも使い勝手のよい居酒屋である。
 「酒菜」、「魚菜」、「食の蔵 酒菜」と名称は変わるも、変わらぬ味とあくなき挑戦で、今後も半田の夜を賑やかにしていくことだろう。きっと、このカイギショゲッポウが皆さんの手元に届く頃、宏行氏が仕入れ、仕込みを行い、皆様のご来店を心待ちにしています。          (取材:榊原鉄平)

【住所】半田市有楽町6-120 ミキビル有楽1F
【代表者】久松宏行  【創業】平成27年3月
【営業時間】17:30〜24:00(L.O.23:00)
【定休日】日曜日  【TEL】0569-26-0348
所在地:
代表者:
TEL:(0569)-
定休日:
営業時間:時〜時、時〜時(オーダーストップ)