

2019年3月20日(水)
経済状況、企業データやテクニカル分析を突き詰めるほど成功率の高い『株式投資』に向き合う父親の姿を見て、株式に興味を持った。就活は金融関係に絞り当社(当時の丸万証券)に入社。個人営業部に配属され新規開拓に明け暮れる日が始まった。1日200軒ほど訪問し、入社半年間で120件ほどの口座を開設するに至った。
「初めてお会いした時の会話を記憶し、次回はさらに発展した話をするように努め、その中からニーズをつかみ対応してきました。会社資料は当然ながらお客さまが望まれるものを自分なりに分析し情報提示していました」
心を配りながら人間関係を築き、お客さまのためにあらゆる努力をした。その結果、会社の収益増大、資産の純増に貢献し、幾度となく表彰を受けた。だが、常に自身との闘いの日々であったと言う。
「この提案で良かったのか?もっと早めに対処すれば良かったかもしれないと、常に悩んでいました。本店勤務の平成7.8年には市況低迷もあったがお客様にも会社にも求められる成果をあげられない自分が会社に在籍していては迷惑になると思い2度辞表を提出しました。ですが当時の営業課長から『みんな常に悩んでいる。そんな事を考えるより、お客様のためになる事を考え、その実現のため100%以上の努力をしろ』と叱咤激励されました。振り返れば、行動するより頭で考えすぎる自分がいました。
以後、同じ過ちを繰り返さぬよう『会社四季報』が真っ黒になるまで読み込み、徹底的に企業分析をし、それまで以上にお客様宅に足を運び成長株の提案をしました。当時はPCもなく、株取引は証券会社の対面販売が当たり前の時代であり、証券マンの提案が大きく影響した。株価が3〜4倍になった時、お客さまからの『ありがとう』という言葉はやりがいであり、励みになった。当時の営業課長はその後53歳という若さで残念ながら急逝されたが、今でも営業課長や苦しい時に支えていただいたお客様への感謝の気持ちを忘れる事はありません。そしてまたちょうどその時期に、『而今(じこん)』という言葉とも出会い、これまでずっと心に記してきました。
「過去や未来に囚われず、ただ今を精一杯生きる」という「而今」を支えに、やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいと考えて業務に臨んでいます。現在も葛藤の日々ですが、壁に突き当たった時、あの営業課長だったら、どう対処しただろうと思うことがあります。
様々な経験と周囲の応援を経て、昨年4月に現職に着任した。同店は53年前、丸万証券半田営業所として誕生し、本店営業部と双璧の重要拠点だった。全国規模となった現在もリテール営業の要の支店としての役割を担っている。
「地域に密着し、face to faceの関係が大切と考え、その一つとして経済セミナーや個人投資家と企業を結びつけるIRを開催しています。1週間に1度の頻度ですが、継続は習慣となり、多くの方に参加いただけるようになりました。その成果かはわかりませんが皆様に支えていただき今期は大規模店部門において総合評価・資産純増評価の両面でトップの成績となっています。
知多半島は素晴らしい産業が多くあります。今後はこれまでの人生で出会い、支えていただいた方々と、知多半島の方々をビジネスを含め様々な形でつなげることが出来たらと考えています」
就任して1年が経ち、改めてこの地域は海が近く食や酒が美味しく、魅力ある町だと感じたと言う。実際に見てもらおうと、名古屋のロータリークラブ時代の仲間と半田の料亭で旧交を温め、半田の素晴らしさを紹介した。
「飲み歩き、食べ歩きが大好きな私は『知多酒で乾杯』は大歓迎です(笑)。毎週金曜日は妻の許可の下(笑)友人と定例の飲み会です。平日は好きなアルコールをほとんど嗜まない分、この日を心待ちにしています(笑)。共働きの妻とは友だち夫婦のような感じで、土・日は一緒に外食し杯を重ねます。いつの間にかこれも習慣になってしまいました。スポーツ観戦も大好きで野球、サッカー、ラグビー、何でもござれで、豊田スタジアム、ナゴヤドームへ出かけています」
仕事の醍醐味、やりがいで充実する日々。あのとき、すんなり辞表を受理されなくて良かったと、あのときの営業課長に思いを馳せる。感謝を込めて、命日には墓前で手を合わせる。
2019年3月20日(水)
半田市生まれの大将は、親戚が料理屋を営んでおり、小学生の頃から『料理人になりたい』という想いがあった。そして、18歳より日本料理の世界に入り、お客様の笑顔に励まされ、料理を作ることに喜びを感じ、当たり前のことを当たり前にやることを心がけ、板前修業を積んだ。
お客様に対して気を使っていることをお聞きすると、「最高の料理提供はもちろんのこと、お一人お一人をあたたかくもてなす心を創業当時より大事にしております。」と、大将は笑顔で言った。
言葉どおり、創業して23年の店舗は、地元の方は勿論、遠方の多くの方に愛されているお店ということがわかる。その店舗が今年の春に移転をする。
「新店舗は落ち着いた雰囲気の和空間でごゆっくりとお過ごしいただける店となっています。」ここで、安心していただきたいのが、新店舗になっても美味しい味の提供は変わらない。コース料理や一品料理、お酒も多く取り揃え、会席コースや冬の時期におススメのふぐコースの窠六名物は健在する。
「日本の食文化は旬が活かされております。季節の最も美味しい旬の食材を使い、味付け・盛付けにこだわり調理しています。」窠六の食材や旬を活かし、彩り豊かに仕立てた料理は目で楽しみ・舌で味わい・香りで本能に訴え、手間を惜しまぬ和膳の数々を楽しめる。
昨今では、地元高校生と商店街の商学連携の協力にも尽力し、『醸す』やできる限り地産地消を取り入れた、新しい商品の開発に今後もさらに力を入れていく。「高校生と連携し、醸造文化に触れていくと、私自身とても関心力が増え、より多くの方たちに醸造料理の美味しさを知ってもらう機会に繋がっていると思います。」
季節の変わり目はもちろん、新しい商品を、お求めやすい価格でご提供できるように、大将は「料理に携わること、生涯現役」と発し、今日も研究を重ねている。そして、『お客さんの喜ぶ笑顔のためなら、手間を惜しまない!』という愛情が伺えた。
『おいしい和食を十分に楽しんでもらえるお店にしよう、自分がもっとお客様に気が付けるようにしよう』と、意識を高めることを決めた新店舗は、3月中旬以降OPEN予定ですので、皆様一度お立ち寄りいただき、愛情のこもったサービス・味を体験してみてはいかがでしょうか。
(取材者:中満信宏)
窠六(※情報は新店舗)
代表者/羽田洋志 創業/平成7年
営業時間/11:30〜13:30 17:30〜21:30 定休日/不定休
住所/半田市栄町4-101 TEL/24-6530
所在地:
代表者:
TEL:(0569)-
定休日:
営業時間:時〜時、時〜時(オーダーストップ)
2019年3月20日(水)
――橋口 作業服を同僚から借りてきましたので、私は『○部』ではありません(笑)。今回、工場長から「ゲッポウに出てみない?」と言われ、「顔が出なかったらいいですよ」と答えたら、表紙にも大きく出るみたいで、戸惑っています。
――永吉 私も「一人では心細いようだから一緒に」と言われたのですが、地元半田の会員さんが見られるとお聞きし、恥ずかしい気持ちでイッパイです。
――橋口 私たちは4年前に入社しました。その時、高卒者は全社で10数名入社したのですが、半田工場は私たち2人だけでした。女子同士だったので、ホッとしました。
――永吉 お互いに柔道をやっていて、中学時代は試合会場で会っていたようです。階級が違うので試合をすることはなかったのですが、そんな共通点もあったので、最初から打ち解けて話すことも出来ました。部署はそれぞれで、私は業務課で出荷の送り状の作成や、電話の取り次ぎをしています。
――橋口 私は生産チームで、塗料の色を作る調色を担当しています。色は生産管理課の人が作ったデータに基づいて、私たち生産チームが調合し、品質管理課が色差計で測定し合否を決定します。1度で合格すると『やったー」と嬉しくなります。そんな時、仕事のやりがいを感じます。「やりなおし」と言われたくないので、いつも真剣勝負です。
――永吉 私は電話応対などに追われ苦戦しています。商品の缶数変更や色変更などの緊急な電話では、強い口調で話される方もいて、緊張し次第に声が小さくなってしまいます。特に部屋が静まり返っていると、大きな声で話すのは恥ずかしいので、会社ではどうしても小さな声になってしまいます。
――橋口 私は人との関わりではなく、個人で仕事をしていますので、そういう点では気がラクですね。おおよその流れが分かった入社1年くらい経ってから、1人で仕事を任せてもらえ、自分の仕事場所もいただけるようになりました。チームは4名いて、それぞれの場所が離れていますので、集中して作業ができます。何かあれば助け合いますが、基本的にはひとりで仕事をしています。
――永吉 ひとりで仕事をして、終業のチャイムが鳴ると、ひとりでさっさと帰っていってしまいますね(笑)。橋口さんはすごい仕事が早いですよね。
――橋口 当日の仕事がめちゃくちゃあっても、すごく早く終わらせることが出来たら「やるじゃん、私!」と嬉しくなってきます。仕事とプライベートを完全に分けたいので、仕事が終わったらさっさと帰宅します。仕事での残業は4年間で20回ほどしかしていません。でもやっぱり明日の仕事が気になり、遊ぶ気にはならなくて、週の前半は家に直行し静かに体力を温存しています(笑)。カラダは元気なのですが、何だか気が乗らないんですよね。
――永吉 私もそうで、プライベ−トは大切にしたいですね。それで1週間の仕事が終わったと実感できる金曜日が一番好きで、日曜日には明日に備えて、静かに待機しています。
――橋口 仕事とプライベートを分けているので職場の人たちと遊びに行ったり、悩み事を相談したりということもあまりないですね。永吉さんともそういうことはないですね。
――永吉 お互いに誘うのではなく、誰かからの誘いを待つというタイプなのでタイミングが合わないですね。買い物が好きですが、学生時代の友だちと一緒に行くことが多いですね。
――橋口 私も休日には住んでいる東海市や名古屋で遊んでいます。色々興味はありますが、今は一番気になっているのは、やっぱり仕事のことです。仕事をしているのは生活のためとも思っていますが、1人で黙々とできるこの仕事は私に合っていると思っています。
2019年2月21日(木)
今回は、青山の神戸川沿い(青山記念武道館の西隣)にある吉田充税理士事務所をご紹介させていただきます。
同事務所は、愛知県内を中心に幅広く税務・会計業務を行っている。また、奥様が行政書士と宅地建物取引士の資格を持っているため、建設業の許可申請、NPO法人の書類作成や不動産の仲介業もされている。
代表の吉田充氏は、大学2年生の時に税理士事務所を開業したいと決意して、大学と同時に簿記専門学校にも通った。大学卒業後に大学院へ進学して卒業後、名古屋市熱田区の会計事務所で約4年間修業して、平成4年5月に開業した。
当時はバブル崩壊後であったが、金融機関への挨拶回りで顧問先を着実に増やしていった。開業して25年以上が経過した現在では、顧問先は北海道から沖縄まで全国各地に存在する。
今まで苦労されたことは、従業員と売上が数十倍に急成長した顧問先が数件あり、節税対応や経理事務職員の対応に苦慮されたそうです。
開業して良かったと感じることは、「開業当初からの顧問先と25年以上経った今でも継続してお仕事をさせていただいており、経営は順調でお客様との交流が続いていること」と語る。また「1年でも長く仕事をして、お客様の経営のお手伝いをすること」と今後の目標を語る。
私が感じている吉田氏の良さは、とても明るく朗らかで、分からない経理のことを質問しても、難しい専門用語ではなく、初心者でも分かるやさしい言葉で分かりやすく教えてくれ、1つ質問したことに対して、関連する内容を教えてくれることです。
毎月第1土曜日に無料相談会(午前10時〜12時【要予約】)を開催しているので、お困りごとがある方は、是非ともお電話してください。
少なくとも、70歳まで現役で目標に向かって頑張りたいと思っている今後の吉田氏の活躍にご期待いたします。
(取材:米持三幸)
創 業/平成4年5月
代表者/吉田 充
所在地/半田市青山4-28-10
TEL/24-0323
営業時間/8:30〜17:30
定休日/土曜日・日曜日・祝日
所在地:
代表者:
TEL:(0569)-
定休日:
営業時間:時〜時、時〜時(オーダーストップ)
2019年2月21日(木)
就任時、コミュニケーションの大切さ、自らの考えを発信し、モチベーションを高め仕事に向き合って欲しいと社員に望んだ。同時に安全・安心も強調した。
「私の重要な業務のひとつが安全・安心の確保です。現場でのそれは最優先ですが、整理整頓が安全の第一歩と思っています。例えば机の周りを整理する、そういう物理的な行動習慣は、物事の進め方、考え方が整理されていることにつながり、安全行動への近道だと考えています」
東工大大学院卒業後に日本ガイシ(NGK)に入社。現職の4代目副社長に正式に就任したのは平成29年12月。歴代の副社長はNGKから輩出される縁での入社だが、同社との関わりは長く深い。
「40年ほど前、当社がNGKのエンジニアリング事業本部(エン本、現在はメタウォーター(株))の工事を請け負ったのが始まりのようです。当社に入って重責を果たせるかという不安はありましたが、前任者の籾山さんが東京勤務時代の直属の上司、安心感はありました」
NGKに入社後、エン本に配属となり、上下水道の処理プロセスの開発部で知多工場に勤務。個性の強い集団の中で、いかに自己アピールし、コミュニュケーションを図っていくか、やりがいを感じながら苦労もあったが、人として成長していく上でも大事なプロセスだったと振り返る。
「平成15年までエン本の様々な技術部門を経験、東京勤務の4年間は仕事の醍醐味も味わいました。都庁、流域下水道の処理プラントのプロマネを任され、新しいことを盛り込めという厳命の下で、自らクリアする強い意志が求められました。失敗の責任は自分でかぶるという極めて体育系気質の職場でしたが、全面的に任せてもらえるので、モチベーションも上がり、自身の完成度を高めていくことを常に考えていました。プラントが完成した時の喜びと共に、工事が完遂するまでに多くの方々に支えられていることを実感しました。真摯に物事を受け止め、正しく自己主張し、潔く譲り、信頼関係を築いていくことを肝に銘じてきました」
肉体的にきつい時もあったようだが、スキー、水泳、テニス、陸上競技で鍛えた体力で乗り切ったと笑う。
その後、セラミックス事業本部へ異動、ディーゼ車用排ガス浄化用担体(DPF)の海外投資の業務と巡り合い、そしてポーランド勤務時代も貴重な体験をした。ディーゼルエンジン車が約半数を占める欧州は、21世紀初頭から自動車排ガス規制法が段階的に強化され、DPF装着需要の増加が見込まれたことから、同社は平成15年にポーランドに進出、平成24年に3代目社長に就任した。
「一昨年の平成29年6月までポーランドに5年間駐在していました。製品の需要拡大に伴い、工場を短期で拡大増強し、就任時から現地従業員は2倍強となりました。ポーランド人は自己主張が強く頑固な一面もありますが、とても親日的で思いやりのある、真面目で実直な人々です。合理的な説明は必須ですが、一旦、理解すると、オリジナルな提案を展開して、幾つもの大きな生産改善を実現してくれました。私自身、強く主張して前に出ていくタイプではなく、個々の個性を尊重すべきと考えています。でも変わらなければならない時、合理的な理由を強く押し出し理解を求めるよう心がけています。これは欧州の人たちから学んだ、交渉術と思っています」
これまでの様々な経験を財産として就任した。自らが良かれと思ったことは社員も経験して欲しいと、一例として海外へ出ることも大切なことと語る。また、働き方改革関連法の成立に伴い、取り組みを始めたが、業界ならではの課題も多い。
「成し遂げるために議論を深めていかねばならないと考えています。以前なら悩みを聞いたり一緒に飲みにいったりしたものですが、今は時代も立場も変わり、そういう機会も少なく一抹の寂しさを感じています」
仕事に奔走される日々ではあるが、一時の息抜きは月数回のゴルフと音楽鑑賞。ショパンが誕生したポーランド在住時は、クラシック音楽を堪能し、最近では夫人と共にミスチルや中島みゆきのコンサートに出かけ、会場と一体となって楽しんだ。また、語学力をキープするために英会話スクールに通うなど、時間を有効に使って有意義な日々を送る。
「色々な人生の過ごし方があります。季節に応じた楽しみ、一人で出来ること、家内、友人と楽しめること、様々なことに前向きにチャレンジしたいと思っています」
就任して1年余経った今、次なるステップに向けてチャレンジし始めた。