

2018年9月25日(火)
――7月にリニューアルオープンした知多半島道路のパーキングエリア(PA)の、貴社のアイスクリーム、好評のようですね。
阿久比PAでは笠原将弘シェフとコラボした6種類のアイスクリーム、大府PAでは辻口博啓シェフとのコラボ商品『甘酒のモナカジェラート』を販売しています。商品開発者として関わらせていただき、とても貴重な経験でした。
――先ずは、ゴールを迎えたのですね。
代表の父からは商品の完成ではなく、お客さまから安定したリピートがあることがゴールだと言われ、身の引き締まる毎日を過ごしています。今は仕事にのめり込んでいますが、保育士になるのが目標でした。そのため、中学時代に熱中していた陸上競技(県大会出場)も止め、保育課のある高校・大学に進みました。でもカラダを動かしたくて、高校ではダンス部に所属しました。学校からはポップな部活は歓迎されていなくて、身だしなみを整えたり勉学に励んだりして、高校3年生の時にやっと公式大会の出場を認めていただきました。大学ではダンス部を創設しましたが、その経験から日々頑張ればいつかは結果が出る、地道にやっていく大切さを学びました。
――卒業後は、保育士さんとして働かれたのですか?
東海市の保育園に勤務しました。高校時代に、私が本当にやりたいことは子育て支援だと気づきましたが、そのためにも保育士の経験は必要だと考えていました。公務員として子どもとの関わりが多く、その機会もなく、悩んでいた3年ほど前に、父からそろそろ会社に来ないかと声がかかりました。33年前の創業以来、女性の働きやすい職場づくりを目指して来た会社なので、私の想いがつながるかもしれないと、入社することにしました。先ずは現場を見たいと、東京駅内等で全国のスイーツを販売する仕事に就き、その後入社しました。6年前くらいから、個人のお客さまに向けて直売所で販売を始めていたので、その販売をお手伝いすることになりました。
――始めの一歩ですね。
忙しい毎日でしたが、翌年私が販売を任せられ、facebookやインスタグラムを始めました。次第にプライベート商品の重要性や、パイロットショップとしての直売所の役割を実感しました。そして『ものづくり補助金』を利用して作った『Heart&Heart』(ハートバー)専用移動販売トレーラーでの販売、商品紹介の担当もしています。ホームページを見られた北海道のレストランや、ハートの絵馬が人気の犬山の昭和横町から声がかかり、今そこで販売していただいています。色々なお客さまから、商品開発の依頼もあり、とてもやりがいを感じています。
――青年部メンバーとしてご活躍ですね。
昨年末に入会しました。メンバーの方々が人知れぬ仕事をしたり、弱音を吐かない姿を拝見して、その姿が父に重なり、両親に感謝の気持ちでイッパイになりました。同時に今も父に守られながら、仕事をしていることを実感しました。でも時々、2人の姉たちのように、普通の親子関係の方がいいのかなと思うことがあります。
――普通の親子関係ですか?
元々父とは仲が良くって、何でも話し合ってきましたが、今は部下なので一般的な親子とは異なる関わり方をしていると思うんですね。この仕事をしていなかったら、可愛い娘でいられるのに(笑)、と考えることもあります。仕事が忙しくなりお友だちとも疎遠になったり、そうだからこそ、深く結びついたお友だちもいますが、前を向いていつも何かに挑戦していれば、輝いていられると信じています。子育て支援の夢は心の片隅にあり、これからこのまま仕事を続けるか、他の仕事をするのかは思案中ですが、何かの形で経営者になっていると思っています。そんな未来にワクワクしながら、今を楽しんでいます。
2018年9月25日(火)
大学の研究室OBが多く在籍する同社に入社し、最新設備が完備された、つくば工場が社会人としてのスタートだった。入社した年に電子材料(薬液)の生産が始まり、関わることになった。建屋を建築し、新規分野進出の重要な事業だった。
「以後17年間、つくば勤務でした。その間、新規分野の仕事に携わることが多かったですね。ある時、新幹線の洗面所の塗装開発を任されたことがありました。反射率の高い、顔が映るレベルのものを要求されたのですが、全く未知の世界で、何を聞けばいいのかさえも分かりませんでした。勉強不足は否めず、恥ずかしく衝撃的だったのですが、貴重な経験をさせていただき、以後どんなことでも聞くようにしています。正に『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』です」
ある時は、ISO9000取得の任務を受けた。半田工場が最初の取得工場となり、9ヶ月半、半田で暮らし、骨格づくりに奮闘した。外部講師の指導を受けながら、ISOの基本規格を同社のシステムに置き換えていく難解な作業は、自分でも意外なほどにすんなり頭に入り、講師からも高評価を受けた。
「学生時代は特に勉強した訳でもなく、自分の得意分野が分からなかったのですが、この分野は自分の中で秀でた所かなと思うと嬉しかったですね。思い起こせば、小学校の頃に両親から、国語と算数の文章問題のようなドリルをやらされていました。また、高校卒業後は3年間派遣の仕事などをやっていて、その間も乱読していました。それらの体験が活かされていると感じています。今は子どもに算数と国語さえやっておけば、どこでも生きていけるよと豪語しています(笑)」
以後、複数の工場でのISO9000、14000取得の担当者として尽力した。その作業は会社の仕組みを学び、『初めて自分なりに成果が出せた』という自信にもつながり、以前にも増して仕事に真っ正面から取り組む日々が始まった。当時最新工場であった神戸工場長を経て、現職として半田工場に赴任してきたのは5年前のことだった。
「半田工場は塗料の生産が主力で、シンナーに長年関わってきた私にとって、新しい分野の仕事でした。それに加えて仕事量と生産性が合致せず、最も課題を抱えている工場と評されているので、不安が大きかったですね。極端なことを言えば、神戸工場での1年がこちらでは1・2週間に値するほど、多くの課題が山積しています」
赴任して最初に掲げた抱負は方針管理の確立だった。それはISOの的確な可動にもつながり、得意分野の取り組みであった。ひとつずつ克服し、今年も新たな方針に向かい着実に進捗している。片や『半田工場長は一番プレッシャーが多い』とも言われている。先日もストレスチェックを受けた。
「私はストレスを溜めないために、慎重に考えながら、的確で迅速な判断が必要と考えています。状況判断のためには現状を知ることが必要ですが、知らないことは聞いています。とかく工場長は何でも知っていると思われがちですが、『今更だけど』と、今も分からないことは聞いていますよ(笑)。経験を積んだ今、少しは的確に対処できるようになったのかなと自負しています。でも確かにたくさんのプレッシャーを感じていますね。6年目を迎えた今、色々な課題に本腰を入れて取り組んでいます」
『寂しくない?ひとりは大変?』という言葉をかけられることもあるようだが、単身生活も8年目を迎え、楽して楽しんでいると笑う。
「神戸時代はジムに通っていました。今はその時間も取れずランニングを始めましたが、半月板を損傷してウォーキングになりました。精神的に追いつめられるのはいけないと、身に染みて感じていますので、休日は何もせず、頭を休めていることが多いですね。今は仕事一筋ですが、これから何かやりたいことを探そうかなと思っています」
中学校時代から人の陰口を聞かないようにと『知らぬが仏』が座右の銘だった。責任ある立場に立った頃から『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』を座右の銘にした。聞くこともままならなかった、あの衝撃的な経験を心に留め、自戒の念を込めて。
2018年9月21日(金)
半田鉄工協同組合(新美良純/一新鋳造所)では、9月16日(日)CLACITYにおいて、全日本製造コマ大戦G3半田場所が開催されました。
県内外から大戦に21チーム、子どもコマには128名が参加しました。優勝は、碧南市の金属加工業「高橋鉄工所」。
また、子どもはコマキットを使用し戦う、子どもコマ大戦もあり多いに盛りあがり、優勝は市内の小学3年生でした。
主催者は今後も毎年開催をしていきたい意向であります。
(以下入賞者)
優 勝 高橋鉄工所
準優勝 (株)一新鋳造所
第三位 日之出化成(株)
第四位 (株)古川電機製作所岐阜工場
2018年9月12日(水)
半田市少年少女発明クラブ員が、「あいち少年少女発明クラブ創意くふう展」に向けて作った作品の発表会が9月8日、ツカサ創生館でありました。
小学4〜6年の48人が春から製作に取り組んだ作品を発表。審査で選ばれた上位5人が11月3〜4日に名古屋市西区のトヨタ産業技術記念館で開かれる同展に出品します。
選考の結果、上位5名の入賞者は以下のとおり(敬称略)
◆会長賞
「お手紙作成マシーン 白やぎさん1号」榊原光騎(半田市立岩滑小学校6年)
◆優秀賞
「よごれない!テープとり」田口紗帆(半田市立亀崎小学校5年)
「ツエを置く時に固定できるツエ」堀崎あゆみ(半田市立半田小学校4年)
◆奨励賞
「進化した取り外し可能ジャバラ式傘ケース」竹内慶大(半田市立乙川小学校6年)
「ビニールひもカッター」水谷真一朗(半田市立宮池小学校4年)
2018年8月30日(木)
大学4年間、ドーナッツ屋でアルバイトをし、接客の面白さを体感した。当時スーパーマーケットは伸び盛りで、様々な挑戦に挑む機会、肌で感じる業績、不特定多数の顧客の対応に興味を抱き、衣食住の生活必需品を提供する総合スーパー・ユーストアに入社、希望した青果部門の配属となった。
「市場に日参し仕入れ、販売する日々が始まりました。初めて踏み入れた市場は別世界で、独特な雰囲気に呑み込まれましたが、四季を感じ、活気ある空間は魅力的でした。天候により商品価格は変動します。売りたいもの、低価格商品の買い付けのために、市場に向かう時間帯を考え、相場のタイミングを図り、その商品が店頭で売り切れた時、やりがい、達成感があり面白い部署でした」
8年ほど市場に通い続けた後、副店長、店長を経て、当店に着任したのが2年前。その間、組織変更によりユニーと合併し、時代の流れの中で、戸惑いながらも試行錯誤し業績の向上を図った。
「ユニーは日本各地にそれぞれのコンセプトを持った店舗ブランドを展開し、食品に特化した都市型小型スーパー『ピアゴ ラ フーズコア』を開店したのが平成15年です。その後各地で店舗を開店し、私が名古屋の柴田店に店長として赴任したのが平成24年です。4年後、半田清城店に配属されましたが、地域によって店の特性が異なっています。その地域性を考えながら、どんな『売り場』にするのかではなく、お客さまが買うための場所『買い場』として、気持ちよく買い物をしていただける店づくりが必須です。お客さまの要望に機敏に応え、『ひとりのお客さまのために‥‥』そういう積み重ねが大切と考えています。常連さんを増やすのは私の仕事であり、目標です」
昨今は、買うためだけでなく、会話を楽しむためや情報を得るために来店する方も多く、役割も多様になったようだ。店サイドも売るだけで忙しかった時代から、商品の提案や説明をしながら購買につなげるというスタイルに変遷してきた。
「店の感じが良い、店員さんが親切などの接客が大きなウェイトを占めていると感じています。当店は変わったもの、新商品を積極的に扱うこともコンセプトとし、驚きと発見をご提供できる店でありたいと思っています。また、近くに保育園や小学校があり、お子さんも多く来店されるので、レジ近くで折り紙を配布したり、お子さん専用のスタンプカードを作成したり、お子さんアイテムのイベントを増やし始めました。私は子どもが好きで、接していると楽しいですね。赴任して2年目を迎え、この地域の傾向も分かってきました。これからは本当の意味で、地域のために始動します」
また、客層を見ながら、最適な売り方をその場で決断し購買へ導く。そのために常に店内を歩き、状況を把握する。そんな毎日を送っているためか、休日には自然の中の管理釣り場で、ゆったりと釣り糸を垂れる。
「体を動かさなくてもいいでしょう(笑)。元々アクティブで、外で過ごすことが好きですが、通勤時間が長くなり、ジム通いも釣りも暫くはお預けです。今は、会社の通信教育制度を利用し、室内で学べるボールペン字講座を受けています」
店舗を運営するためには、衛生管理者(国家資格)、防火管理者などの様々な資格が必須で、勉強のために時間を割くことも多い。
「趣味に関するものにもトライしようと、ワイン好きなのでソムリエを目指しましたが、添削期限に間に合わずリタイヤしました。再挑戦しようと思っています。
日々、不特定多数のお客さまが来店され、新商品が生まれ、止まっていることはありません。常に挑戦、何事にも前向きに取り組もうと思っています。接客の面白さに魅かれてこの世界に飛び込みましたが、お客さま相手の仕事は私の天職だと思います」